ミームの死骸を待ちながら

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators. We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators. - Richard Dawkins "Selfish Gene"

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators.
We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators.
- Richard Dawkins "Selfish Gene"

エントリーシートで地球温暖化について書いたのだけど


エントリーシートって通ればおkで内容はなかなか振り返る機会がないもので、自分でカリカリ書いてると独りよがりになりそう*1。某社で

地球温暖化が進む中、環境問題に対する関心が高まっている。地球環境を守るためにできることは何?具体的な事例を。」

という問題が出た。字数制限は800文字。書いたは良いが自分でしっくり来ないのでここに醸す。


私の立場は、京都議定書の遵守を開発途上国にも課すべきである、というものだ。地球温暖化を議論する上で重要な前提は、

  1. 温暖化は確実に起こっている
  2. 温暖化の正確な原因は不明

の2点であると考える。地球規模の気温上昇はデータに基づいた事実であるが、その原因については温室効果ガス(GHG)が主要因であるとするほか、太陽の活動の影響であるなど諸説ある。


温暖化が将来の地球環境に与える影響の正確な予測は不可能であるが、与え得る影響の大きさを考慮して、最も可能性が高い要因から対策していこうとする京都議定書の姿勢は正当性があると私は考える。


京都議定書は正確な効果が不明であり、排出権取引などに見られるように政治ゲーム的側面もあるものの、何も手を打たないよりは良い。

温室効果ガス(GHG)の温暖化効果には正のフィードバック効果が働くとされており、因果関係が不確実であるという理由で対策を怠り、仮に温暖化の主要因であった場合には取り返しのつかない事態になる可能性がある。


現状の京都議定書にはいくつか問題があるとされ、そのひとつがGHG削減義務を負う国の偏りである。たとえば、締約当時には開発途上国とされた中国やインドはGHGの排出についてなんら義務を負っていない。

ある程度の水準になってから義務を負わせるモデルでは非効率であり、仕組み造りの段階から、GHGを排出しないモデルを求めるべきであると考える。

現在の経済大国は自由な開発を行っておきながら不公平であるという向きもあるが、もはや時代(=ルール)が変わったと認識するしかないように思う。発展意欲をバネに優れた環境調和モデルが提唱されれば、各国のモデルとなる可能性もある。


以上の理由から私は、京都議定書の内容を踏まえたうえで、BRICs、VISTAなど将来の発展が見込まれる途上国にある程度のGHG削減義務を負わせることが必要であると考える。


なんか具体的な案になってないし、適当だし、順番もよくわからないまま情報を出しただけで、論理もいまいち。自分の頭の悪さを目の当たりにしてアレだ。くそう。

これをきっかけにもうちょっと突っ込んで考えたい。


追記

id:ruletheworldさんに指摘されました。

気候変動に関する政府間パネル』(IPCC)によって発行されたIPCC第4次評価報告書によって、人為的温室効果ガスが温暖化の原因である確率は「90%を超える」とされている。IPCC第4次評価報告書は現在世界で最も多くの学術的知見を集約しかつ世界的に認められた報告書であり、原因に関する議論が行われる場合も、これが主軸となっている。

地球温暖化の原因 - Wikipedia

公式な見解としては、GHGが温暖化の原因である可能性は"very likery"(90%以上)であるそうです。堂々と「温暖化の正確な原因は不明」と書くのはちょっとアレでしたね。


*1:他人に見てもらうことが必要。人の目が足りてない。

個人投資家が株式市場で機関投資家に勝てない四つの理由

結論を先に言えば、同じ土俵で勝負せざるを得ない個別株式投資はやめて広い市場に投資しようという。わりと「あたりまえ」な考えをなぞるんだけど、わざわざ書こうと思ったきっかけは、前回コメ欄で

もしよろしければ、もう少し機関投資家のパワーであったり、アクティブに取引する個人投資家が市場で勝てない理由といったあたりに関して、感じられたことを教えてもらえませんか?
なんか、一番気になった部分なので

http://d.hatena.ne.jp/Hash/20080913/1221304302#c1221408879

とのリクエストをいただいたこと。僕はインターンで見たことを元に

機関投資家のパワーを数値として目の当たりにし、「アクティブに取引する個人投資家が市場で勝てない理由」を脳髄から理解した。

http://d.hatena.ne.jp/Hash/20080913/1221304302

と書いたのだが、これは勝間和代さんの

株式の市場では、個人が銘柄を自ら選んで投資をしようとすると、プロが特をして個人が損をする仕組みになっているということを、私はプロの立場から痛感してきました。 (p.74)

お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践

という記述と、(レベルは段違いだけど)方向が同じだ。


てなわけで、金融業界に暗雲な昨今を横目に見つつ、気負わずだらだらと自分の考えをまとめ。勝間さんがお金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)のp.77でシンプルな比較表にまとめられているので僕が客観的にまとめてもしょうがない。本を読み、5年弱投資を行ってきた投資が趣味な大学院生の思い込み+インターンのわずかばかりの経験。いまさらですがタイトルがはてな色に染まっているのは仕様です。


脇道。おもむろに証券と銀行の違い、ざっくり。
/ 投資の意思決定 元本保証 名称
証券 顧客 なし 直接金融
銀行 銀行 あり 間接金融

金融企業は証券業務(Securities Business*1 )を行う機関投資家、とも見れる。はず。


以下、機関投資家個人投資家の違い

機関投資家(linstitutional investors)と個人投資家は、

  1. 体力が違う
  2. 速さが違う
  3. 金額が違う
  4. 情報が違う


1.体力が違う

ダメージを気にせずリスクを取れる。取れるリスクの量が多い。ただレバレッジかけてリスクを取りすぎたリーマンがアレになったりしたので、体力も無限とはいえない。たまに公的資金注入というバグ技でリレイズがかかる。



2.速さが違う

ロイターとかから、取引アプリケーションに直接ニュースフィードが飛び込んでくる。個別株式に関連するニュースはワンボタンでポップアップされ、即座に取引に移ることができる。

速度の優位が利益の源泉となるため自社制作のアプリケーションは速度を極限まで追求しており、0.01秒単位で他の証券会社と勝負している。最近はネット証券提供のトレーディングアプリケーションが充実してきたとは言え*2個人投資家は足元にも及ばない。



3.金額が違う

動かす金額が違う。ヘッジファンドは何億円、何百億円単位で注文を出す。その金額はダイレクトに市場に与え*3個人投資家は波間でもまれるクラゲに等しい。 実際に取引画面を見せてもらったけど、笑えるくらい桁がでかい。。


しかし、機関投資家の額の大きさは逆に投資対象に制限を与えることになり、個人投資家の取引金額の小ささは逆に「小回りが聞く」というメリットとなりうる。中小株でも市場に影響を与えることなく波をうまく乗りこなせばそこそこ稼ぐことが可能。



4.情報が違う

上(2.)で記したように情報の速さも段違いだが、そもそも与えられる情報からして、別種のものだったりする。例えば「板」。

実は証券会社に送られる気配値の情報は、個人が参照できるMax量の倍。これは東証が定めている決まりのひとつ。証券会社とコンタクトを取って取引を行う機関投資家は、文字通り"視野"が倍広いのである。


いじょ。


具体的に個人がいかに損をしているかを見るには、「信用評価損益率 個人」とかggrばいいんじゃなかろうか。

細かいことを言えば、「勝てない」のは同じ土俵であって、異なる戦略を適用すれば利益を上げることは可能である。たとえば、機関投資家が見向きもしない中小株の資産価値をせっせと計算してバリュー投資を行うなど。この方法で個人で莫大な資産を築いた投資家としては、遠藤四郎氏が有名。

株でゼロから30億円稼いだ私の投資法―大株主への道こそ株式投資の本道

株でゼロから30億円稼いだ私の投資法―大株主への道こそ株式投資の本道

参考までに*4、氏の投資理念を書いておきますね。

誰も見向きをしないが、その会社の内容は極めて安全で、まかり間違っても倒産の恐れはない、また、その会社の経営状況の変化率から言って、必ず将来人気化するであろう銘柄を狙ったことである。
ところで、株式市場で2、3度儲けるのは、誰にでも出来ることである。しかし20年、30年と損したり儲けたりしながら生き延びるためには、自分なりの投資哲学を持たなければならない。それば分相応、自然体、そして背伸びをしないということである。

遠藤氏は実際に、500万円を元手に30年で資産を30億円に増やした*5。他にはパイオニア株一本でサヤを抜きまくって稼ぎつづけた伝説の相場師など、いろいろおもしろい話はあるんだけど、自分が伝説になれるかどうか冷静に現実的に考える必要がある。



以上いろいろと挙げてきたが、なによりも問題なのは、
個人投資家の大半は個人投資家以外の属性を持っていることだ。


個人で機関投資家のスピード、情報量に打ち勝つためには、情報収集にかなりの時間を投資する必要があり、タイミングを逃さないように端末に張り付いて、ほとんど専業のようなのめり込み様でない限りコンスタントに利益を挙げつづけるのは不可能に近い*6。「株式投資(Fxでもいいけど) ブログ」とかggって、どうやら勝っていそうな人の日常を追ってみるといい。好きな人はいいだろうが、僕は投資一色の生活など御免被る。

つまり個人投資家は、余剰資金でトレードを行う主婦であったり、経済の勉強がてら中期投資*7を行うサラリーマンであったり、僕のように学生であったりするので、彼らのような「片手間個人投資家」はまともに勝負しない方が懸命である、という結論だ。


僕の考えとしては、

  1. 機関投資家と同じ戦い方では個人にほぼ100%勝ち目はない
  2. しかし、個人投資家ならではの戦い方で利益を上げることは不可能ではない
  3. とは言うものの、利益を継続的に上げるためには「専業」レベルの時間を投資する必要がある
  4. したがって、まともに戦うのではなくリターン/時間投資の割合が高い戦略を考える


今現在、僕がもっとも効率が良いと考えているのは

お金は銀行に預けるな!と組み合わせて読むべき橘玲シリーズ - ミームの死骸を待ちながらでも紹介した方針。

これがもっとも現実的な資産運用法じゃなかろうか。...と終わって、具体的な試行錯誤へ続くわけですね。

*1:銀行はbanking

*2:しかも「高性能版」に月数千円払う必要があったりする

*3:取引対象によるけど

*4:まったく関係ないけど、最近「参考までに」のことを英語でFYI (For your information) と略すことを知ってカコイイと思った

*5:時代が時代だったこともあり、話半分としても、それでも恐ろしい

*6:専業でもコンスタントに勝つことはとても難しい

*7:仕事してるなら中期以上のスパンにならざるを得ない。ザラ場中に仕事ほっぽりだしてデイトレードするサラリーマンがいたら、とりあえず解雇したほうがいいと思うw

いまさら聞けないサブプライム問題と証券化についてまとめてみた

絶賛就職活動中です。先日まで某機械メーカー、続いて某外資証券のインターンに参加中。指導してくれる社員さんがルーマニア人、英語が喋れなくて意思疎通ができず、凹むなどしている。

証券会社でのインターンが始まったこともあって金融がマイブームとなってるのだが、勉強してみると面白い。そこで勉強内容をブログに公開していこうと考えた。

その先駆けとして、去年世間を騒がして未だ新聞に載らない日はない「サブプライム問題」について全体の流れを追うことを目的に、自分の言葉でまとめてみた。いまさらという感じだが。

続きを読む

人工生命まであと一歩、ゲノム合成完了。しかしその合成法が…


何か「ゲノム合成」「人工生命」とかいうキーワードで検索してくる人が多いと思ったら、クレイグ・ベンターがM. genitaliumのゲノムを全合成した、という話が、朝日新聞中国新聞中日新聞などで一般ニュースとして取り上げられたようだ。日経新聞にも一面に載ってた。


朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?
細菌ゲノムの合成に成功 米「人工生命」作製へ前進 - 中国新聞ニュース
中日新聞:ページが見つかりませんでした(CHUNICHI Web)
人工生命の創造近づく?細菌ゲノムの合成に成功、米研究チーム 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
表示できません - Yahoo!ニュース


科学界的には古いネタだと思っていたのだが、Scienceに掲載されてようやく一般で話題になるらしい。このタイムラグは結構興味深い。数ヶ月ほど遅れているのか。上記のニュース記事は事実だけか、もうちょっと突っ込んでも「悪用が心配される」「生命倫理が云々」というありきたりな言葉でしめているのがちょっと物足りない。WIREDVISIONの記事が、細事にとらわれずちゃんと今までの流れを書いてくれてるのでおすすめだ。


2007年6月の"朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?"もふまえてCraig Venter人工生命研究の最近の情報を表せば

細菌ゲノム完全入れ替え(2007/06) + 細菌ゲノム、完全合成(2008/01) = 合成ゲノム、細菌に導入(今年中?)


とでもなるか。


前回(d:id:Hash:20080120)では1990年後半〜2006年あたりの最小ゲノム同定に的を絞って書いたけど、それ以降のステップは順調のようで。そろそろゴールに近づいてきたな。


しかし実際のところ、どうやって長いゲノムを合成した?


確かに重大なプロセスだが、どうにも、「人工生命体」という言葉が一人歩きしている気がする。他のブログとか読んでも、記事のタイトルだけ読んで文脈を考えずに「それは倫理的にいいのか」「もうそんな時代なんですねぇ」「すごいなぁ」と脊髄してる人が多い。いやいや、それ人工生命っていうか既存の生命を人工しただけですよ、みたいな(意味不明)。これ以降もしばらく一人歩きが続く気がする。
むしろ僕はゲノム合成手法の方が気になってしょうがない。何故かといえば、asahi.comなどの"ゲノムの人工合成の概念図"とか簡単な説明を見ると、今の技術で誰でも実現可能に思えるから。


チームはまずゲノム全体の8分の1〜4分の1の大きさの分子を試験管内で化学合成。これらの「部品」を大腸菌に入れ、遺伝子組み換えでくっつけ、大きな部品をつくった。さらに大きな部品を酵母の中で同様にくっつけ、完全なゲノムを合成した。

朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?


手前味噌だが、以前の記事でこんなこと書いてた。


しかし、最小と言ってもざっと350kbpはある。PCR用に20bpくらいのプライマーを注文するのとはケタが4個も違う。じゃあどうやって最小ゲノムを合成するのか?

これまた地味な作業だ。そしてこれまた生物の機能を利用する。まず通常のDNA合成機でDNAの断片を作成する。正確に合成できるのは50bp程度だろう。この断片を大腸菌中でつなぎ合わせて*5、数百キロbpのDNAを作る、らしい。ひょっとしてDNA合成的にも新しい手法か?目的のために新しい手段を開発していく姿はなんともニュートン的だ。

手法の確認として、今まで扱ってきておなじみになっているMycoplasma genitaliumのゲノムを合成してみたらしい。

JCVI: Research / Projects / Chemical synthesis of the Mycoplasma genitalium genome / Overview

これが成功したことで、最小ゲノムを合成できる目処が立った。

微生物を構成する最小ゲノムと、人工生命の合成 - ミームの死骸を待ちながら


ここで、僕は「大腸菌中でゲノム断片をつなげる」という部分の詳細を省いた。一般ニュースになった今も、正直意味がよくわからない。いや、何が新しいのかわからない。

  • DNAは単なる高分子なので、化学的な合成でも作れるのは周知の事実。そして
  • DNAの切り貼りは遺伝子工学的に確立されていて、制限酵素とリガーゼを使えば可能なはず


しかも。張り合うかのごとく報道された、慶応大、三菱化学生命研のこの記事(黒影氏のブクマは科学ネタの宝庫だ)。

慶応大、三菱化学生命研、DNA断片を順番どおりつなぎ合わせ巨大ゲノムの構築に成功 - Biotechnology Japan
慶應義塾大学先端生命科学研究所 (Institute for Advanced Biosciences, Keio University) - 遺伝子をつなぎ合わせてゲノムを構築


独自に開発した、PCR産物などの短いDNAを順につなぎ合わせてゲノムを構築する手法を用いた。生物のゲノムを大きさによらず自由に設計できる、構成生物学の新しい手法として注目される。

慶応大、三菱化学生命研、DNA断片を順番どおりつなぎ合わせ巨大ゲノムの構築に成功 - Biotechnology Japan

とのことだが、どう違うんだろ。


マウスからミトコンドリアゲノム(16 kb)、イネから葉緑体ゲノム(135 kb)を世界で初めて再構築

慶應義塾大学先端生命科学研究所 (Institute for Advanced Biosciences, Keio University) - 遺伝子をつなぎ合わせてゲノムを構築


ベンター氏は「人工生命」を作ること自体を目指す一方、慶応大・三菱化学生命研は「手法」として実用性を求めている感じ…かな。ちょっと違うか。。うーん…競争してるわけじゃないのか?気になってきた。
今日は少々体調が悪く*1研究室に行かなかったため、大学ライセンスを使って論文を落とせない。来週行ったら絶対落とす。そして理解する。

てかそれ以前に実験やらなきゃ、卒論間に合わんな。

*1:精神の状態を如実に反映する正直な身体である

微生物を構成する最小ゲノムと、人工生命の合成


前回予告(d:id:Hash:20080116)した人工生命ネタ。21歳最後の日のエントリ、ちょっとがんばってみた。こないだの予告だけでid:bak_a_mono氏は瞬間的にわかったようです。
bak_a_monoの日記
そうです、Mycoplasma laboratorium - Wikipedia, the free encyclopediaこれです。先輩に見られてると思うと適当なこと言えんなぁ


Bad Boy of Science


クレイグ・ベンター(Craig Venter)。ヒトゲノム競争で世界を先導したり、自分自身のゲノムを全世界に公表したり、海底をすくってどれがどの生物のゲノムだとか考えずに全部まとめて解析するWhole-Genome Shotgun Sequencing*1をやったりと、アグレッシブな研究者である。"Bad Boy of Science"という名誉な二つ名まである。最近ではWeb2.0サミットに参加し、ティム・オライリー(Tim O'Reilly)と話したとか。
Sorry, this show has been removed from Blip. | Blip
これから1年は、彼の挙動は要注目期な気がする。最近は本も出したようだ。

A Life Decoded: My Genome: My Life

A Life Decoded: My Genome: My Life

そんなベンターが手がける研究の一つが「人工生命の合成」だ。Synthetic Bilogicalに生命を作りだそうという試みで、去年話題になった。

  • 彼の言う人工生命とは?
  • どうやって作るの?
  • 研究の歴史はどんな感じ?なんで去年世間が騒いでたの?

これらについて調べたことを書く。応用とか現状とかは見てくれた人の反応と気分によって追記エントリをあげよう。


"What is life ?"


生命の合成といっても、「生命」の定義は曖昧だ。「生命とは何か?」僕の尊敬するアリストテレス(Aristotle)のプシュケー(psuke)に始まり、近代ではエルヴィン・シュレディンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger)まで、誰もがこの問題を考えてきた。自己複製する分子が生命なら超分子化学者はいくらでも生命を作ってきたし、いや自由意志があって初めて生命でそれ以外は機械だとかいう人もいた気がするし。教科書的な答えとしては

  • 外界から隔絶された環境を持ち
  • 自己複製して
  • 何らかの代謝を行うシステム、

てな感じか…ウイルスは生命か微妙、というのが共通認識らしい。…ともかく、問題はベンターが何をもって「生命」としているか、という点。Genomistとしての彼の答えはこうだ。

生存に必要なゲノムを持つ細胞

この定義に基づき、次のようなアプローチで生命を合成しようとしている。
生存に最小限必要なゲノムを同定してやり、適切な環境下でそのゲノムを発現させる。
それだけ。そうして作られた「最小生物」はDNAを転写、翻訳して*2自分の身体をつくり、栄養を取り込み、自分を複製して培地中で生きていく。世界初の合成生命のできあがり、というわけだ。
注:専門外の人向けに「DNA≠遺伝子」「bp数≠遺伝子数」という部分を解説しようと思ったけど、ggrの方向でお願いします


"How few parts would it take to construct a cell ?"


まず生命を合成する前に、「生存に必要な最小ゲノム」を探す必要がある。この作業は消去法で行われた。すなわち、
ゲノムの一部を適当に壊す。壊して生きてりゃその遺伝子は生命に不要
という力業だ。


研究対象

実験材料として、知られている限り最小のゲノムサイズを持つ生物を選ぶとラクだ。
Mycoplasma genitaliumのゲノムはわずか580kbpで構成されており、ヒトゲノムの0.2%、大腸菌の12%の大きさしかない*3。こいつのゲノム中から「なくても生きていける」遺伝子を取り除き、ギリギリまでダイエットした「最小ゲノム」がMinimal Bacteriumである。
Mycoplasma genitalium - Wikipedia, the free encyclopedia


"Licence to Kill"


ゲノムを適当に壊すとは、具体的に何をやるのか?ー自然界にある"Transposon"という部品を使う。
Transposable element - Wikipedia, the free encyclopedia
トランスポゾンとは、ゲノム上で自分を複製する遺伝子。親ゲノムがダメージを受けようが気にせず、ただ機械的に、化学現象としてゲノム中のどこにでも自分自身の配列を挿入することができる、まさに「不死の遺伝子」。言い過ぎか。


ともかくそのトランスポゾンを使えば、Mycoplasma genitaliumのゲノム上、ランダムな場所に「余計な」配列が挿入される。挿入された部分の遺伝子は正常な機能を失う、と期待される。


さて、ランダムに挿入が起こった状態のM. genitaliumを培養する。すると、もし挿入された場所が生存に必須の遺伝子ーたとえばDNAからRNAを作る酵素をコードする部分ーだった場合、M. genitaliumは死んでしまう。死ななかったM. genitaliumがコロニーとしてシャーレ上にポツポツと生えてくる。こいつを回収し、ゲノムを読んでみる。
お、遺伝子HOGEHOGEにトランスポゾンが入ってる。それでもこいつは生きている。じゃあ遺伝子HOGEHOGEはいらない遺伝子だな。という作業を繰り返して
480個のタンパク質コード遺伝子中、だいたい265〜350個あれば微生物は生きられるっぽいよ!
と発表したのが1999のScience記事だ。

Global Transposon Mutagenesis and a Minimal Mycoplasma Genome
"全ゲノムへのトランスポゾン変異導入と、マイコプラズマの最小ゲノム"


正確に、正確に


シークエンスを読んで「いらない遺伝子」はわかったけど、本当に「いらない」のか?その遺伝子が無くても生きていけるのか?確かめるためには、対象遺伝子を除いた状態のM. genitaliumを育て、そいつが正常に生育するかどうか確認する必要がある。この作業を「不要候補」である100以上の遺伝子一つ一つについて行い、次に複数の遺伝子を外して育て…を繰り返す。大変だ。

結局、

  • トランスポゾンを無視して機能する必須遺伝子
  • 片方なくてもいいけど二つ同時に除くと生きられないペア遺伝子
  • トランスポゾン入ってたけど実は壊れた機能を他の細胞から供給される物質で補っていた

などとイロイロ見落としていた部分があって、正確に「これが最小ゲノムだ」と確定するまでに7年もかかったようだ。そこでようやく発表されたのが2006年のPNAS記事

Essential genes of a minimal bacterium
"最小の細菌を構築する必須遺伝子"

僕の認識ではScienceは概念が革命的な研究を紹介するジャーナルで、PNAS, JACSなどは正統派実験ジャーナル。後者に投稿するには理論の正当性、再現性が必要だが、なかなかうまくいかなかった…てな感じだろうか。

この論文の結論としては、必須遺伝子数は前より増えて、
382個のタンパク質コード遺伝子があれば、生命は生きていける!
とのこと。おもしろいと思ったのは、タンパク質まで翻訳されないRNA coding genesも必須遺伝子に含まれているところ。極めて原始的な生物でも、RNA機能を必要としてんだな。RNA World仮説の裏付けに使えないか?


取り除けないブラックボックス


382個の遺伝子の中には、まだ100近くも、役割がわかっていないタンパク質コード遺伝子が存在するという。理想的にはすべての因子を同定して相互作用を俯瞰的に把握したいところだろうが、それはSystem Biologistに任せたのか、ベンターらは次の段階に進んだ。


"means for solving the problems"


ようやく正確に最小ゲノムを同定したベンター社は、次にまたハデなことをやった。2007年のScienceのペーパーがそれだ。↓
Genome Transplantation in Bacteria: Changing One Species to Another
"細菌のゲノム移植"

どこの研究室でも使われているであろうPEGを使って、形質転換*4をやったという論文。形質転換自体は、学部生の練習実験でも行われるあたりまえの作業。ただし、入れるDNAも受け入れる細胞も普通じゃない。

  • 入れるDNAは、生物種Aのゲノム「まるごと」
  • DNAを入れられる生物種Bの細胞は、本来のDNAを完璧に破壊された「皮だけ」の状態

この試みは成功し、見た目はBだが、遺伝子と内部機能は完全にAである生物ができた。この研究はけっこうなインパクトを持って受け止められたらしい。

Scientists Transplant Genome of Bacteria
First genome transplant changes one species into another


長いDNAを合成する


「最小の生命レシピ」が得られた。あとは設計図に従ってDNAを合成し、前述の方法を使って細胞の皮の中に詰め込んでやるだけである。
しかし、最小と言ってもざっと350kbpはある。PCR用に20bpくらいのプライマーを注文するのとはケタが4個も違う。じゃあどうやって最小ゲノムを合成するのか?

これまた地味な作業だ。そしてこれまた生物の機能を利用する。まず通常のDNA合成機でDNAの断片を作成する。正確に合成できるのは50bp程度だろう。この断片を大腸菌中でつなぎ合わせて*5、数百キロbpのDNAを作る、らしい。ひょっとしてDNA合成的にも新しい手法か?目的のために新しい手段を開発していく姿はなんともニュートン的だ。


手法の確認として、今まで扱ってきておなじみになっているMycoplasma genitaliumのゲノムを合成してみたらしい。
JCVI: Research / Projects / First Self-Replicating Synthetic Bacterial Cell / Overview
これが成功したことで、最小ゲノムを合成できる目処が立った。


最後の一歩


最小ゲノムの設計図は手元にある。組み立て方も確立した。空っぽの細胞にゲノムを入れて機能させる、という手法の確実性も証明した。あとは実際にやるだけ。この合成されたゲノムをもって生存するであろう合成生物を、彼らは"Mycoplasma laboratorium"と呼んでいる。


ここまできてようやく「ベンターは本気らしい」と一般に伝わったのか、2007年になってベンターの研究がいろいろなところで取り上げられた。
しかし、2007年10月に誰かが尾ひれを付けて「人工生命の合成に成功!」という噂が流れ、世間が「まじかよ!」と脊髄反射。そんな事情で昨年10月以降、世間が騒いでいた。結局、


どうもいぶかしいので、クレイグ・ベンターの代理人にメールで問い合わせてみたところ、
 「まだ合成には成功しておりません。数ヶ月はかかる見込みです。
  成功した暁にはしかるべき手続き(ピアレビュー)を経て学術誌に発表いたします」
との回答をもらった。

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とあるように、「合成成功」の報はどうもデマだったらしい。
僕と同じようにid:blackshadow氏も真に受けてびびったようである。


先日取り上げたベンター博士らによる微生物ゲノム人工合成のニュース
幻影随想: Venter博士のチームが細菌ゲノムの人工合成に成功したらしい
についてですが、どうもガーディアン紙の勇み足だったっぽいです。
確かに予想より随分と早いとは思ってたんですが…

幻影随想: 先日取り上げたゲノム合成のニュースは飛ばしだったらしい

というわけで


肩すかしっぽい結論になったけど、個人的にはゲノム界のパイオニアが実際は泥臭い作業をしてるあたりに親近感がわいた。まぁ社長自ら実験やってるわけはないけど、組織として意外と地道だったな。現状に興味があるので、2008年現在の情報を追って追記するかも。激しく騒がれていないところをみるとまだできてないのかな。

しかし、一般の科学認知レベルはかなり上層にあって、よっぽどインパクトが高くないと誰も気にしないもんだな。細分化した現代社会では仕方ないのかもしれないが…


Pragmatic Programming of DNA


遺伝子プログラム時代の到来か…と思っていたら、ワシントンポスト紙の記事に面白い表現があった。


We're heading into an era where people will be writing DNA programs like the early days of computer programming

Synthetic DNA on the Brink of Yielding New Life Forms


そのうち、DNA Hackerが登場したら楽しそうだ。自分のDNAをハックし、書き換える。成体のDNAを書き換えても無駄だろうから、ある機能を持つ人工菌体を体内に飼うのが現実的なところか。プログラム能力で実世界の自分の性能も決まる。コーディングがそのままリアルに反映される。仮想世界やネトゲみたいに脳主体の世界もあり得るのかな。それなんて攻殻

DNAを組み立てて生物をプログラムする。これをボトムアップでやろうとしてるのがSynthetic Biologyであり、今System Biologyと並んで最も熱い生物学である。ただ、僕の所属する研究室の助教が言うように、「面白いけど、どこに向かおうとしてるのかわからない」部分もある。倫理的問題もやっかいだし。

まぁ個人的には、どこに向かおうと面白いなら行けるとこまで行けばいいんじゃないかね、と思う。


*1:この環境ゲノムショットガン法は、個人的に、"本当の"遺伝子型-表現型相互作用、つまり生物個体という壁を越えて延長された表現型を調べる上で重要な着眼だと思う。生命は単独で生きてるわけじゃない。…スパコンでも相互作用解析が追いつかないんじゃないかとか思うが。

*2:そのためには酵素が必要だ。つまりDNA-タンパク質のどちらが先かという問題は解決されておらず、既存の生命システムに従った生命を作っているに過ぎない

*3:今は2002年にゲノムが読まれた、Nanoarchaeumの490kbpが最小ゲノム記録保持者らしい

*4:DNAを細胞に入れること。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E8%B3%AA%E8%BB%A2%E6%8F%9B:title]

*5:こまかい手法はちょっとフォローできなかった

タバコが遺伝子にダメージ。しかも禁煙しても治らない(という論文)


能動喫煙が遺伝子にダメージを与え、禁煙しても治ることはない。そんな調査結果が(オープンアクセスだから誰でも読めると思う)BMC Genomicsに載っていた。


we comprehensively examined the effect of active smoking by comparing the transcriptomes of clinical specimens obtained from current, former and never smokers, and identified genes showing both reversible and irreversible expression changes upon smoking cessation.

BMC Genomics | Full text | Effect of active smoking on the human bronchial epithelium transcriptome

昔タバコを吸ってて今は吸ってない人、現在進行形の喫煙者、全く吸ったことがない人。彼らのTranscriptomeを比べた結果、喫煙したことがある人は不可逆的にDNAの発現が非喫煙者と変わってしまっていた。
この結果は、「喫煙を経験した人は、禁煙の有無にかかわらず肺ガン発症率が高い」という事実に合致する。


トランスクリプトーム


トランスクリプトームとは、一つの細胞中の全てのmRNAの集まり。mRNAとは、DNAの一部が転写(transcript)されて生成される物質で、親となるDNAの情報をそのまま含んでいる。このmRNAは後に翻訳(translation)されてタンパク質になり、生体の様々な機能を担うことになる。

なんでDNA自体を解析をしないの?
DNAの並び方は一通りでも、その転写(transcription)のされかたによって働きが違うから。ゲノム解析はもう古い。ぶっちゃけDNA配列読んだって、他と比較しなければ何がどう働いているかよくわからない。現在はGenomeの次のTranscriptome, Proteomeが"オーム解析"の主流となっている。
なんで最終生成物のタンパク質を解析しないの?
核酸の「並び方」が最重要である*1DNA、RNAと違い、タンパク質は複雑な三次元構造で無限に近い多様性をもつ。「こーゆータンパク質だ」とわかっても、それがどういう構造を取ってどういう機能を果たすかは複雑すぎてよくわからないからだ。まだ時代が理想に追いついていないとも言える。

こんな調査結果出したら


「どうせ禁煙しても治らないんだったら、吸いたいだけ吸おう」と考えるDQNがいるかもしれない。しかし注意。この調査は「active smoking(能動喫煙)」に対するもので、「passive smoking(受動喫煙)」は考慮していない。それはそうだ。今までに全くタバコの煙を吸ったことがない人は(不愉快なことに)ほとんどいないだろうし、自己申告制で該当者を募っても確かめる術がない。
ともかく、この論文は「能動喫煙」の話。近しい他人が害を受けなくなるだけでも、禁煙する価値はあるので勘違いのないよう。

…と、非喫煙者かつ嫌煙者がのたまってみる。

*1:とはいえ、RNAはタンパク質ほどではないものの多様な3次元構造を取り、それが結構重要な役割を果たしているという事実がここ10年でわかってきた

国の義務、買います。-商売になるサイエンス-

日経サイエンス 2008年1月号に載っていた記事に、"海図なき鉄散布計画"というものがあった。海に鉄を撒いて植物プランクトンを活性化し、CO2を取り込んでもらおう、というものだ。


“貧血”の植物プランクトン


海で行われている光合成には長年の謎があった。なぜ太平洋の一部では植物プランクトンの成長が遅いのかという謎だ。湧昇流のおかげで海水がかき混ぜられ,どこでもほぼ十分な二酸化炭素が存在するというのに……。答えは鉄の欠乏にあるらしい。
鉄の濃度が低い水と高い水を比較すると,植物プランクトンクロロフィル葉緑素)の量は同じなのに,鉄の少ない水中では光合成が減る。「鉄欠乏状態では,植物プランクトンは必要以上のクロロフィルを作り出す」と,研究を指揮したオレゴン州立大学のバーレンフェルド(Michael Behrenfeld)はいう。こうしておけば,環境が変わって鉄の量が増えると,余分に作ってあったクロロフィルをすぐに使えるわけだ。
以前の研究はクロロフィル量だけを測定した衛星画像に基づいており,この差を明らかにできなかったと考えられる。また,鉄が欠乏しているとすると,海洋への二酸化炭素の取り込み量を実際より2〜4%多く見積もってきた可能性があるという。Nature誌2006年8月31日号に報告。

日経サイエンス


とあるベンチャー企業がこれを利用し一儲けしようとしている。でも何故この原理が商売に繋がるのか?

京都議定書が絡んでくる。


京都議定書は、1997年に議決した議定書。その内容を簡単に言えば、

  • みんなで温暖化ガスを出さないようにしよう
  • 目標達成できない国は、排出の少ない国に罰金を支払う

というもの。ちなみに世界最大の排出国アメリカが不参加であることでいろいろ物議を醸している。
来年からまた新タームが始まるらしい↓。


京都議定書第3条では、2008年から2012年までの期間中に、先進国全体の温室効果ガス6種の合計排出量を1990年に比べて少なくとも5%削減することを目的として、各締約国が、二酸化炭素とそれに換算した他5種以下の排出量を、以下の割当量を超えないよう削減することを求めている。

京都議定書 - Wikipedia


ここで、「削減目標達成できそうにないYO!」という国を見つけて*1、削減目標オーバー分を二酸化炭素減少量に換算して企業が買い取り、買った分だけ鉄を撒いてやるわけだ。
うまいこと考えたな。絶対ニッチェやろ、これ。

うちの学科のある教授は「ビジネス感覚を持て!」と学生に語る。ただの象牙の塔の住人ではだめだ、と。基礎サイエンスをやりながら、それが世界にどう受け入れられて(あるいは受け入れられない)いくのか、という部分にも注意を払わねばならない。

勉強に使ったURL

京都議定書 - Wikipedia

*1:日本めっちゃカモにされそう