新型インフルエンザもヤバいが人類もすげぇぞ(バイオ的な意味で)!!
さて、メキシコ発の豚インフルエンザのパンデミック警戒フェイズが、4(人から人への感染が確認される)からフェイズ5(広い地域で人から人への感染)に引き上げられた。
残るフェーズは、「現実に世界的に大流行している」という、フェーズ6しかない。フェーズ6は、いわば世界戦争が始まった状態だ。
緊急提言 「新型インフルエンザ」感染地域が急速に拡大中
日本も水際阻止ができるかどうかの瀬戸際で、感染の疑いがある高校生に詳細な検査*1が行われるなど殺気立っている(ちょうどコレを書いているときに報道されてる)
国内で初めて、新型の豚インフルエンザの疑いがある患者が見つかったと発表した。
朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?
豚インフルエンザについて BBC News の投書欄が怖すぎる件について - elm200 のノマドで行こう!
日本を新型インフル渦に陥れる毎日新聞の無責任体制 - kentultra1の日記
ブタインフルエンザSF的最悪のシナリオ - 西尾泰和のはてなダイアリー
豚インフルエンザやば〜 - Chikirinの日記
使ってみたかっただけです。すみません。
トンフルエンザこと新型インフルエンザウイルスはオルトミクソウイルス科Orthomyxoviridaeに分類されるマイナス一本鎖RNAウイルスで、インフルエンザウイルスとしての分類は、A型・H1N1。
今のところ鳥インフルエンザ(H5N1)と違って強い毒性は持っていないようだ。メキシコでは死者が多く出ている一方米国では唯一赤ちゃんが犠牲になったのみ。メキシコでの猛威には社会・文化的な要素も絡んでいそうだ。加えて、感染力もさほど強くなく、人混みでマスクするとか手洗いうがいを徹底するなど地道な努力で感染を防げる可能性は高い。
インフルエンザの影響力をざっくり「感染力」と「毒性」で分けるならば、今回の型は"感染力は通常レベル、毒性は弱い"というもので、「人類もうだめだレベル」には達していない。問題は誰も免疫を持っていないことだ。
確かに、変異する可能性もあるっちゃある。ただ普通のインフルエンザの延長で考えれば、直感として、寄主の生存可能性を下げる変異が優位性を持つシナリオには無理がある*2気がする。「感染数を押さえ込んで変異の数自体を少なくしておけば凶悪に変異する確率は低い」...のだけど、もう拡散が始まって、ウイルスは「変異を試行する場*3」を盛大に獲得したことになる。どうなることか。
間違ってたら指摘して下さい(この種の間違った半端な知識は逆に危険なので)。
インフルエンザの前に分子生物学は無力なのか?
ごめん、不謹慎だとは思うけど正直今のインフルエンザ流行が面白くて仕方ない。
一言で言うなら。豚インフルエンザが恐ろしい理由は、それが人類にとって未知の敵だからです。
豚インフルエンザ(インフルエンザA型(H1N1))について - みつどん曇天日記
人類なめたらあかん。未知の敵を理解するためのプロジェクトが立ち上がっている。2009年の新型インフルエンザ流行に関するバイオインフォマティクスのデータを集積したページがこれだ。
Pandemic (H1N1) 2009, Influenza Virus Resource
こいつはあらゆる生物に感染したあらゆるインフルエンザウイルスを世界レベルで収集しているInfluenza Genome Sequencing Projectというものの一貫で、NCBIのゲノム配列データをまとめて*4、関連情報を紐づけている。何処で何月何日に何歳の患者から採取されたウイルス、ということまでわかる!
ちょっと前に「ニュージーランドで感染を確認」という報道がされたと思うけど、既にニュージーランド(Auckland)で採取されたウイルスのゲノムが公開されている。最近は配列を読むのが爆発的に速くなってきているとは聞いていたが、RNA配列の特定も半端ない速度だ。Rapid Determination of Viral RNA Sequence(RDV)法という手法を使って特定しているらしい。
いいぞ人類もっとやれ!
データが公開されているならいじってみたくなるのが人のサガ
既に各フラグメントタンパクのアミノ酸配列もいくつか特定されている。
...よし!構造生物学屋の端くれとして、少しデータをいじって構造的な知見を得られないものかともにょもにょしてみよう。例として、4月1日にカリフォルニアで採取されたウイルスのhemagglutinin (HA) geneの部分の構造を調べてみたい。
インフルエンザウイルスの体は8フラグメントから成っていて、それぞれPB1, PB2, PA, HA, NP, NA, MP, NSという名が付けられている。HAとNAにはそれぞれいくつか変異型が存在し、その組み合わせによって上記のH1N1とかH5N1とかいうタイプに分類されるようだ。
HA部分というのは以下の図、ウイルスを包む壁になってる3種類のタンパク質のうち一つで、青い綿棒みたいなやつですね*5。
...とは言っても、やっぱり三次構造はまだみたい。
なので、Jpredを使ってアミノ酸配列から近い構造を探してみる... あった。PDBIDは"1RUY"。1918年に大流行したスペイン風邪ウイルスのHA部分の構造で、2004年にScienceで発表されたもの。どうやらスペイン風邪もH1N1型だったらしいな。機能については研究が現在進行中で進んでいて、今年も論文が出てる。最近だとNature Structural Molecular Biology。
で、カリフォルニア産ウイルスver2009のHAアミノ酸配列を、これらの類似配列に対してマルチプルアライメントをかけてやると、どうやら今回のウイルスもさほど変化していないことが分かる。結果のスクリーンショットを乗せてみた。
やばい。
マニュアルに従って操作するんじゃなくて好奇心でいろいろいじるとドキドキするな。おもしろいおもしろい!!バイオすげぇ。
たとえ今が実は人類の危機で、後年「西暦2009年...後に"死神"と呼ばれるウイルスが世界を席巻し人類の9割が死滅」などとSFの枕に使われる時代だとしても、ジタバタしてもしょうがないからやれることやったら後は楽しもうや!
余談
そのいち
感染状態をGoogle Mapにプロットしている"H1N1 Swine Flu"もすごいと思った(患者の生死までわかるのが怖い)けど、バイオインフォですごいスピードで対策が進んでいるのを見るとちょっと感動しますね。
そのに
今回バイオインフォ的にごにょごにょやった操作のマニュアルなど。後者は僕が作ったので手前味噌です><
NCBI Taxonomy Browserを使って、生物分類と配列情報を関連させて調べる - 統合TV (togotv)(2009-02-26)
Jpredを使ってタンパク質の二次構造予測をする2009 - 統合TV (togotv)(2009-04-15)
そのさん
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今日この本が生協に置かれていて、なんとなく手にとってパラパラとめくってみた。笑える図解に似合わず(失礼)良い本で、つい買ってしまった。
今までの感染例としてSARSのコロナウイルスやエボラウイルス、HIVなどを挙げてる他、「そもそもウイルスってなんで増えるの?」「どうやってウイルス倒すの?」などを切り口として分子生物学の基本的な知識もざっくり解説してる。植物ウイルスとか堅い教科書が苦手で、かつ忘却力には定評があるためちょくちょく自分の専門を確認する必要のある僕としては、別に宣伝するわけじゃない(今日たまたま買ったからだよ!)けど気に入った。
余談、おわり。
いじょ。
*1:「PCRで検査」ってのは、たぶん血液中からウイルスのRNAを逆転写して増幅するRT-PCRのことを言ってる?
*2:ドーキンス曰く、遺伝子ひとつひとつを変数とすると個体は膨大な次元の遺伝子空間と捉えられる。遺伝子が変異した個体は多くの場合遺伝子空間の「死」の領域に着地する。「生」を保った個体のうち生存可能性を上昇させる変異はさらにわずか。「生」を保ちつつ宿主の生存確率を下げる変異は空間の中のごくごく一部
*3:むろんウイルスに意図はなく、ただ彼らの仕組みに基づいて増えるだけ
*4:NCBIはクエリ投げて検索する必要があるのでまとめに向かない
*5:doi:10.1038/nsmb.1574のFig.1より抜粋