この素晴らしき世界、よって僕は自重しない。『世界征服は可能か?』書評
僕もかつては、世界征服を夢見た健全な小学生でした。そんなあなたにこの一冊。
- 作者: 岡田斗司夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2007/06
- メディア: 新書
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世界征服をマジメに考えたこの本。最初はどこかの書評経由で知って、タイトルに惹かれて、Amazonで1円だったので買ってしまった。ところがどっこい、これはおもしろい。
僕は購入した本が届くととりあえずぱらぱらめくって積ん読コースがデフォであるが、この本はぱらぱらしてるうちに「ちょw シュールすぎるwww」に始まり「お、これは意外と...?」と引き込まれ、気付いたら読了していた。
これはすごいわ。「ゆるめ」かつ「良書」というヒットは個人的にすごく久しぶり。dankogai氏曰く、
本書は、現在日本語で書かれた、もっともすぐれた善悪論なのだから。
404 Blog Not Found:書評 - 「世界征服」は可能か?
とのこと。
優れた善悪論であり、組織論であり、時代論でもある。カジュアルな切り口から入って、気が付いたら物事の本質的な問題を考えさせているコンテンツを作れる人は本当に尊敬する。
本質的なものが難しいとも限らない。難しいものを難しいまま語るのは簡単で、カジュアルなだけなら週刊誌のエッセイだ。この本は「世界征服の目的」から始まって「世界征服の手順」と、アニメやマンガの悪役の例を挙げながら淡々と(その「淡々さ」が可笑しさを誘うのだが)論を進めて、最後は国際社会の話や支配の歴史、時代の話になって急にリアルになる。そのつなぎがうまい。
世界征服は儲からない?
僕にとって興味深かったのは、世界征服をビジネスととらえて、悪の組織を経営論的なまな板にのせてしまったあたりだ。
一つ言えるのは、世界征服はワリの良くないビジネスだということ。『サイボーグ009』のブラックゴーストは戦争のプロデュースを行うそうで、革命を起こそうとしている弱者に武器を安く貸し出して長期ローンを組んでやるという。この仕組みなんか、如何にもワルでおもしろいのだけど、お金を稼ぐなら、まっとうな仕事をやった方が総合的に見てお得だったりする。となると、もうそちらを本業にしてしまいたくなるのだ。
それでも世界を手にしたいなら、稼いだカネで男の夢を追い続けるしかない。泣ける話だ。
だからこそ世界征服には、部下と共に目指す巨人の星が、征服後のビジョンが必要なのだ!...目先の利益よりも長期のビジョン、まるで企業を立ち上げるような話ではないか。
組織論として考えてみると、悪の軍団も所詮は一組織である。その組織をまとめる立場の魔王というものを、組織のリーダー適性という側面から分析するのはなかなか興味深い議論になりそうだ。彼らは果たして、何に欠けているが為に世界征服出来ないのか。
不倒城: 魔王のマネジネント能力について。
この本では、資金集め、部下の管理、後継者問題などが次々に取り上げられ、「社長に必要なことはすべて世界征服から教わった」とでもサブタイトルを付けたくなる。
世界征服をしてもメリットはない?
そして、現代はもはや世界征服をしても儲からないどころかほとんどメリットがない、と語られる。昔は「うまみ」があった。階級が固定され、下流の知らないことを知っているということに、価値が存在していた。
しかし現在は情報のフラット化が進み、階級を決定的にする情報格差がなくなっている。良いものには即座に値段が付き、知れ渡る。市場主義にもまれて残ったものの方が、オーダーメイドの限定品よりも質が良いのが現実だ。
最近の日経新聞でも、タックスヘイヴンを無くして適性税率を導入せよ、という動きが大きく取り上げられていた。
黄金の扉を開ける賢者の海外投資術の冒頭では、もはや自分を必要としない時代を穏やかに見つめる、プライベートバンカーの姿が描かれる。彼もまた、情報のフラット化により、固有の価値を崩された人間の一人だ。
「自分だけ豊か」という幸福は、この自由主義経済・情報化社会の中では実現し得ない夢幻である。
世の中が良くできている証拠、なのだろうか。
自重はダークサイドだよ。
なんというか、最近、人間は頑丈だなと思う。そう簡単に死なないし、人と人のつながりを持ってれば、今持っている全てを失っても、かなりしぶとく生き延びられる気がしている。個人としても強いけど、ネットワーク自体はさらに強い。それを実感している。
価値観をぶっ壊そうと思って、ようやく少し影響を与えられるのが現実的なところだろう。世界を征服するくらいの勢いでぶち込んで初めて、頑丈な世界は少し動いてくれる。
だから最初からリミッターを付けない方が良いな、と最近は思う。世の中には、他人を引っ張ることの好きな人が多すぎる。
もっと自重しないで生きよう。自分を棚に上げよう。社会も世界も、僕が思っているよりも遙かに僕のことを軽んじているのだから。