ミームの死骸を待ちながら

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators. We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators. - Richard Dawkins "Selfish Gene"

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We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators.
- Richard Dawkins "Selfish Gene"

不老不死、生命の合成、生命シミュレーションにおけるバイオロジーの未来


先週Twitter上で、id:fromdusktildawnさんとid:yun__yunと僕とでなんともバイオバイオした議論が展開された。
議論のまとめはid:yun__yunがいい感じにやってくれてるのでまとめ第一弾第二弾のエントリを参照してもらうとして、ここでは非専門の人への説明を挟みつつ、自分の考えを展開したいと思う。「議論の途中で思いついたけど流れから外れるため自重した」意見も含め、先週以降自分でぽつぽつ勉強した内容も盛り込む。
今回、

  • 脳のチューニング
  • 脳を回路で実装
  • 知性の拡張
  • ヒトの人工進化の形

についての議論は(書きたいけど、量が膨大になるので)省きました。この省いた部分では@natsutan、id:arc_at_dmzid:mmk_chocolateが活躍してくれています。たいへんおもしろい。

データや論文がある部分についてはそれに従ったつもりだけど、未知の部分は根拠のない断言を使っているため注意が必要です。間違いがあれば指摘してください。


不老不死


不老不死になるにはどうすればいいか?

プログラム説によれば、細胞の寿命はあらかじめ決まっている。テロメアという「生命の導火線」のようなDNA配列があって、この部分が年を取るほど短くなっていく。

これが起こる理由はDNAの「複製末端問題」があるから。詳細は省くが、DNAが複製されるたびに末端がちょこっと短くなる。ヒトなどは末端に「削れても大丈夫」な「TTAGGGTTAGGGTTAGGG...」という6塩基の無意味な繰り返し配列がついていて、これをテロメア配列という。細胞が分裂するたびに、この部分がどんどん減っていき、最終的にDNA本体が削れていってしまう…


生体にはテロメラーゼという酵素があり、この酵素は内部にテロメア繰り返し配列のRNA鋳型を持っているため、対応する末端がなくても片方だけどんどんのばしてくれる。
しかしヒトの正常細胞ではこのテロメア伸張機能はOFFになっている。そして、不死の細胞であるガン細胞ではテロメラーゼが発現しているし、生殖細胞でも同様だ。


つまり、逆に言えば導火線をのばし続ければ細胞は死なない、ということではないか?無理矢理テロメラーゼを活性化してやれば不老不死になれる?


しかし話はそう簡単ではない

そもそもマウスでは正常細胞でもテロメラーゼが活性化しててゲノム複製を繰り返しても短くなったりしないし、テロメア以外にチェックポイント機構というものが作用していて、培養条件によって細胞周期をストップさせてしまうらしい。

また、目立たないが老廃物の蓄積、紫外線や活性酸素のダメージ(下記補足1)、DNA複製エラーの蓄積(下記補足2)も不老不死化への高い障壁となっている

補足1.

細胞には老廃物を排出する仕組みが備わっているが、細胞が古くなるとうまく排出できない老廃物が溜まってきて、細胞自体に影響を与えてくる。紫外線も意外にDNAにダメージ与えてくれる。また、活性酸素ミトコンドリアの電子伝達系で副次的に発生する、化学的に活性になった酸素で、生体に有毒。若いうちは量が適正だが年を取ると分解しきれなくなり、生体に悪影響を与えて老化の要因になっていると言われてる。実験動物の活性酸素生産量を減らすと寿命が延びたという研究もある。ヒト遺伝子中には活性酸素を無毒化する酵素がもともとあるので、この働きを活発にすることでも対抗できるかもしれない。

補足2

細胞が分裂するときゲノムが複製されるが、DNAはその性質上、コピー時に一定の確率でエラーが生じる。ヒトのDNAが複製されるとき、10億塩基対に1回の割合で複製ミスが起こる*1かなりの高精度に思えるが、ヒトゲノムは30億塩基対であることを考えると、1回の細胞分裂あたり3回のエラーが起こっている。これはロシアンルーレットのようなもので、たまたまエラーが細胞の生存に支障のない部分だとセーフ。セーフが積み重なると、次の引き金でアタリが出る確率がどんどん高まっていくわけだ。。年をとるとガンになる確率が高くなるのはこのためだ。また、胃や肺の粘膜といった新陳代謝の活発な部分にガンが起こり易い理由でもある。バンバン引き金を引いているわけである。



老化の要因としていま広く知られているのは以上の通りだが、それらがすべて単独の要因なのか、実はこのうちのいくつかは原因ではなく結果 or 副産物に過ぎないのか、まったくといっていいほどわかっていない。
この問題に対し、fromdusktildawnさんは各個撃破でいけるんじゃないかと提案した。

ゲノム遺伝子の劣化と、老廃物の蓄積が問題であるなら、それらを別々に解決する、別々の手順を開発すればいいだけですね。老廃物を分解・除去する仕組みを作る方が、簡単そうです (fromdusktildawn)

ゲノム遺伝子の劣化については、yun__yunのブログコメント欄で具体案を提示している。


大人になってからでも、たとえば、100個の細胞の核を取り出して、マッチングしていけば、「マスターゲノム」を再構成することは可能ではないかと思いました。その100個の細胞の、ゲノムの破損箇所がランダムだとすれば、多数決原理で、破損箇所を検出できるのではないかと。
そうすると、老化した細胞からマスターゲノムを作り出し、そのマスターゲノムを使って、核内のゲノムDNAと突き合わせを行って、破損箇所を検出し、それをnucleaseで修正していくようにすればいいのではないかと。

twitter with fromdusktildawn and T_Hash No.2 - 終始一誠意


それにしても、ふろむださんの発想力と知識の深さには感心するしかない。Twitterでさらにファンになってしまったのだが、ホンマに頭が切れる人ってのは対話でわかるのだな。一方的に劇場を見ているだけでは伝わらない部分がある。


さて、僕も上記の案について考えてみた。理屈としては出来そうである。でもよく考えると「メタ細胞的」な作業が必要になる。サンプルはランダムに取らないといけないから (同じ場所から100個の細胞を取った時、そこがたまたまガン化してたら困る) 、体内を駆けめぐって100個のサンプルを集め、統計処理を行い、マスターゲノムデータを各細胞に送って比較と修正を行わねばならない。

それほど高度な処理をする仕組みを、如何にして体内で実現するか? 単純な機能しか持たない酵素ベクターでは無理だろうから、おそらくナノマシンを導入することになる。
体内のうねりを電気的なエネルギーに変換して作動するナノマシンも研究されてはいる。


しかし、僕はそう簡単にはいかないと思う。
細胞の老化と個体の老化を分けて考えないといけない。
いくら細胞が不死になっても、個体の寿命には全くの無関係、むしろそんな空気読めない細胞は個体にとって悪影響しか及ぼさない。
細胞単体ならヒーラ細胞などの不死細胞の実例がある。でも、いくら細胞レベルで老化を防ぐことが出来ても次のステップへの高い高い壁がある。多細胞は単なる細胞の寄り集まりではない。


多細胞生物の細胞というのは非常にKYRであり、周りが老化の雰囲気なら自分もそれに乗る。細胞間シグナル伝達、というやつ。多細胞生物の挙動をなんとかしたいなら、ネットワークの上のレベルで操作してやらないといけない。
システムとして生命を理解しないといけない。


生命の合成、人工生命


何かのシステムを理解するには、それを実際に作るのが最上である

この考えに基く生物学の一分野が、僕の中で大ブームのSynthetic Biology (合成生物学) である。以前も、この分野でエポックとなるであろう最近の研究をブログで紹介した。

"Complete Chemical Synthesis, Assembly, and Cloning of a Mycoplasma genitalium Genome*2"

Mycoplasma genitalium という細菌のゲノムをゼロから全合成してしまったという研究で、2008年の二月末にScienceに論文が出ていたようだ。おもしろかったので先週のゼミで文献紹介するなどした。細かい話の流れは僕の昔の記事を参照してください。ともかく、小さなバクテリアといえども、既にゲノムが人間の手で合成されたのです。

これを人工生命というかどうかは議論の分かれるところ。なぜなら、ゲノムはゼロから合成したものでも、そのゲノムを導入する「皮」の構造や酵素などはそのまま残っているため、結局は自然の力を利用しているからだ。突き詰めていくと鶏と卵の議論になってしまって不毛だけども。

理想的にはゼロから作った人工脂質膜の中にゼロから作った人工酵素を入れてDNAを転写翻訳し、起動して初めて人工生物と言うべきだろう。


人工酵素なんてあり得るのか?


そんなふうに考えていた時期が俺にもありました

ところがだ。まさに今週のNatureにドンピシャな記事が載っていた。コンピュータデザインによって、ケンプ脱離反応を触媒する、自然に存在しない酵素を設計&構築したという論文だ。


"Kemp elimination catalysts by computational enzyme design*3"


狙った反応を起こす酵素をデザインして作っちゃったという。デザインと実際の結晶構造の比較図なんてほぼ重なってるし。ついにタンパク質の自在設計&実装時代に突入か!?in vitroセレクションってレベルじゃねーぞ


ゲノム合成の話に戻ると、生命を合成するというアプローチによって構成する最小ゲノムがわかったので、

次は、その 382 個のコードがどのように連携しながら生命システムを実装・運用しているかの解明ですね。 そこまでやれれば、かなり遺伝子プログラミングに近づいてきますね。(fromdusktildawn)

続いてシステムとしてのつながりを把握することが必要になってくる。生命をコンピュータ上でシミュレートしてやるのだ。


生命のシミュレーション


卒業研究のテーマがペプチドのシミュレーションと実験系の比較だった僕はこの領域には一家言あって、でかいことを言えば生命シミュレーションこそが今後の生物学をリードしていくんじゃないかと思ってる。これはdankogai氏に指摘された通りだとおもう。


どの分野でも、仮説→実験→検証で一番大変なのは実験なのだけど、この実験のコストが飛躍的に下がった分野というのはやはり「発展」も早くなる。速度でいったら In Vivo ≪ In Vitro となるのだけど、さらに今では In Silico (コンピューターシミュレーション)が加わってさらに速くなった。

404 Blog Not Found:In Vivo, In Vitro, In Silico - 留まってるだけでもスゴい


実際は「速くなった」という段階までは行ってなくて、おそるおそる実験とin silicoを組み合わせたり、シミュレーション側は独自に理論を模索していたりする段階だと思う。でも将来in silico研究とin vivo, in vitro実験の歯車がうまくかみ合えば、科学研究サイクルを爆発的に加速させるのは確実。それこそ天才的プログラマーが参入してくる土台もできるし、生物に対する直感をデジタルに落としてテストすることが可能になる。


もちろん理想の生命シミュレーションは「細胞内の分子構造のリアルなモデルをまるごとコンピュータに入れて、シミュレーションを繰り返しながら解析する」ことだが、

  • 実際に細胞内でどのような分子的プロセスが起こっているのか把握する方法がない
  • 理論モデル自体にに改良の余地が大いにある
  • 実験系の条件をデジタルパラメータに落とす時点で情報がかなり失われている

などの問題で理想からはほど遠いのが現状。既存の理論を打ち壊すパラダイムシフトが必要だし、Wet実験のデータを定量的かつ高速、大量に得る測定手法がまだない。

理想への道は遠いが、いま生物情報学者はボトムアップトップダウンの双方から「完全な生命のシミュレーション」という城を攻めている。



1. 原子レベル・量子レベルから詳細に生体分子の挙動を計算する方法 (ボトムアップ)


  


この研究領域が僕の卒研 (の半分)です。「プログラム書ける=コンピュータに強い=シミュレーションの研究に向いてる」という教授の思いこみでこの研究に割り振られたけど、背景を勉強してこの分野に惚れたし、いい経験を積めた。

ただこの研究領域の問題は、シミュレーション時間が短いうえに系の大きさも限られている点。ふたつのタンパク質相互作用を数十ナノ秒やるにはそれなりのコンピュータパワーが必要。逆に言えば、後述のトップダウン型に比べてコンピュータ性能の向上の恩恵を受けられる。@natsutanさんには生命全体のシミュレーションという意味で「たぶんコンピュータが速けりゃいいってもんじゃないです」と言ったのだけど、小さな系に限れば速ければ速いほど幸せになれる。分子動力学シミュレーションに特化した回路!鼻血出る。FPGA勉強せねば><


ボトムアップ・シミュレーションはこの10年くらい実験系と比較しながら有効性を確かめてきたけど、最近はだんだん大口を叩くようになってきた。例として、HIV-1プロテアーゼのミュータントがいかにして抗HIV薬を回避しているかをシミュレーションから説明している論文*5もあった。おもしろいけど、まだ「細かい話」で収まってしまっている。これがもう一個上の階層とリンクすれば面白いはず。



2. 個々の遺伝子やタンパク質を一点ととらえて、要素間のネットワークを考える方法 (トップダウン)

  • 僕の中で合成生物学と並んで熱い二大バイオのもう片方、すなわち
    • System Biology (システム生物学)
  • 生命をシステムとしてとらえて、大量のデータ間の相互作用を研究する。
  • パスウェイとかネットワークとかデータベースとかいうキーワードはこちらですね


  


例として、endocytosisを起こすタンパク質ネットワークを記述して「ハブ」となるタンパク質をみつけたり*6、ネットワークに新たなつながりを付け加えたときのロバストネスを調べたり*7している。

It requires that we develop ways of thinking about integration that are as rigorous as our reductionist programmes, but different....It means changing our philosophy, in the full sense of the term.*8


ここで述べられているようにシステム生物学はマシンパワーの問題ではなく、パラダイムの問題

  • 生命の個々の要素はどのようなシステムを構築しているのか?
  • 生命をどのようなフレームワークにあてはめれば最も適切に記述できるのか?

今の段階で大事なのは、固定観念を捨てることじゃなかろうか。視点が固まりかけても「もっといい方法はないか?」と問い、試行錯誤を続ける。何人もの学者が別々の方法でアプローチして淘汰された結果、最適解にたどり着くかもしれない。
その時、生命のシミュレーションが実用レベルに入り、生命プログラミングが現実のものとなるのだろう。



…思うところを書いてみたけどすっきりするどころか、むしろ今後追いかけるテーマが増えてしまった。老化、cryogenics、脳と電子回路、FPGA。興味拡散は止まらない*9><

*1:DNAポリメラーゼによる複製+酵素によるエラー修復を考えた最終的な割合

*2:D. G. Gibson, G. A. Benders, C. Andrews-Pfannkoch, E. A. Denisova, H. Baden-Tillson, J. Zaveri, T. B. Stockwell, A. Brownley, D. W. Thomas, M. A. Algire, C. Merryman, L. Young, V. N. Noskov, J. I. Glass, J. C. Venter, I. Hutchison, Clyde A., and H. O. Smith. Complete chemical synthesis, assembly, and cloning of a mycoplasma genitalium genome. Science, 319(5867):1215–1220, 2008.

*3:D. Rothlisberger, O. Khersonsky, A. M. Wollacott, L. Jiang, J. DeChancie, J. Betker, J. L. Gallaher, E. A. Althoff, A. Zanghellini, O. Dym, S. Albeck, K. N. Houk, D. S. Tawfik, and D. Baker. Kemp elimination catalysts by computational enzyme design. Nature, 453(7192):190–195, 2008.

*4:0.000000000000001秒

*5:H. Meiselbach, A. Horn, T. Harrer, and H. Sticht. Insights into amprenavir resistance in e35d hiv-1 protease mutation from molecular dynamics and binding free-energy calculations. Journal of Molecular Modeling, 13(2):297–304, 2007.

*6:E. M. Schmid and H. T. McMahon. Integrating molecular and network biology to decode endocytosis. Nature, 448(7156):883–888, 2007.

*7:Isalan, Mark and Lemerle, Caroline and Michalodimitrakis, Konstantinos and Horn, Carsten and Beltrao, Pedro and Raineri, Emanuele and Garriga-Canut, Mireia and Serrano, Luis. Evolvability and hierarchy in rewired bacterial gene networks. Nature, 452(7189):840-845,2008

*8:Denis Noble The Music of Life Oxford University Press (2006) p21

*9:選択と集中」を行わずに手に職付ける…なんて出来ないですね。わかります。