ハックルベリーに会ってきた Reloaded - 「女子マネドラッカー」はあらゆる先入観を取っ払ってなお文句なしに良書
最初に僕の感想を述べておくと、「あらゆる先入観を取っ払ってなお文句なしに良書」の一言に尽きる。はじめはポイントだけ押さえようと思って拾い読みを試みたが、物語が面白いことに気付いて最初から一気読みし、その後活用できそうな部分に付箋を貼りながら読んで、最後にこの記事を書くに当たって、線を引きつつ読み直した。...おい、おもしろいぞ、これ。
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら | |
ダイヤモンド社 2009-12-04 売り上げランキング : 37 おすすめ平均 ■ドラッカーの入門者にはオーソドックスな良い本だと思いました。 組織を運営する人全てにとって、マネジャーの役割を果たす1冊! 「マネジメント」読んでみようかな。 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
id:aurelianoこと岩崎夏海氏、通称ハックルさんの処女作である「女子マネドラッカー*1」こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』。今回、出版祝いと言うことで再びid:iNutと共に岩崎さんを訪ね*2、出版祝いのはずが逆に鉄板焼きをごちそうになってしまいたいへん恐縮などしつつ、本書に込められた想い、野望、裏話、今後の展望etc etc...をお話ししてきた。そしてミーハーな僕&いぬたんはちゃっかりサインをgetしたりと、なんだかんだで楽しい時間を過ごさせていただきました。
禍福は糾える縄の如し...か。
こんてんつ
経営書/ドラッカー入門書としての本書
まずは、経営書/ドラッカー入門書としての本書の意味に着目してみる。野球部という「組織」にドラッカーの理論を適用していくというありそうでなかった本(であるかに見えるが、その限りではない。後述)。本書の帯には「ドラッカー学会代表 上田淳生氏推薦」というフレーズが輝いているが、実際の所を聞いてみると、ドラッカーの分身とまで言われる上田先生から絶賛の嵐だったらしい。
「だって、それこそ最高のシャレじゃないか!」正義は、目を輝かせながら言った。「女子マネージャーがマネジメントなんて、思いもしなかったよ。しかし、言われてみると確かに面白い。むしろ、なんで今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだ。マネジメントは、必ずしも企業だけのものではないからね。それに、大人だけのものでもない。何より、高校野球のような非営利組織に適用させようというのが素晴らしいじゃないか!」
(p.50, 強調引用者)
岩崎さんはいくつかの経験から、そこにニーズがあることを発見した。部活動にマネジメントが必要とされていることを見抜いた。そして本書では、理論を勉強するときに一般的に見られる難しさであるところの「理論を現実に落とし込む」プロセスを、実に具体的に描いていく。
この具体例はずいぶん苦労したんだろうな、、、と予測していたが、出版が決まったあと岩崎さんは驚くほど短期間で初稿を完成させたという。その翻訳力、発想力には舌を巻かざるを得ない。いや、『マネジメント』の本質を理解しているからこそ出来ることかもしれない。
みなみちゃんのマネジメント
みなみちゃんは、組織(野球部)の定義付けでいきなり躓く。顧客からスタートしろ、という言葉を見てさらに悩む。野球部の顧客とは誰だろう?
野球部のするべきことは、『顧客に感動を与えること』なんだ。『顧客に感動を与えるための組織』というのが、野球部の定義だったんだ!
(p.57)
こうして定義付けする所までが(既に57ページに達していることからわかるように)苦難の連続であるのだが、この初期の悩みも現実的で面白かった。そうですよね。組織を変えようとしても周りは乗っかってくれないから空回りしてしまうし、そもそも向かうべき方向を決めること自体が大変な重労働で、そう簡単にはいかないものですよね。。。
そんな中、ターニングポイントとして位置づけられている、二年生時の秋の大会へと突入する。ここで主人公であるみなみの計画はことごとく肩すかしに終わってしまう。部のメンバーはただマネジメントされるだけの駒ではなく、血の通った人間だと思わされる印象的なエピソードで、とてもリアルさを感じた。
そしてこの大会をきっかけに、みなみの快進撃が始まる。
今こそが機会だととらえた。今こそがチャンスなのだ。今こそが「成長」の時なのだと、みなみは確信した。
『マネジメント』には、こうあった。成長には準備が必要である。いつ機会が訪れるかは予測できない。準備しておかなければならない。準備ができていなければ、機会は去り、他所へ行く。
『マネジメント』(p.262)準備はできていた。この時のために、野球部とは何かを定義し、目標を決め、マーケティングをしてきたのだ。「お見舞い面談」を実行し、顧客である部員たちの現実、欲求、価値を引き出してきたのだ。
(p.119)
準備を終えていた野球部が、成長の機会を真芯でとらえた5,6章...ここは、じつに気持ちがいい。読んでいてわくわくさせられる。新キャプテンやレギュラーの入れ替えなど、この物語、実にうまく「人を活かして」いる。ひとつひとつの事実にきちんと意味があり、貼られた伏線が回収されていくカタルシスが存分に味わえる。
「ノーバント・ノーボール作戦」は高校野球界にイノベーションを起こすか?
それは、一言で言えば「常識外れ」だった。考えにくいことで、非現実的だった。
だから、それを実現するためには、これまでのやり方をしていたのではだめだった。これまでのやり方を変え、何か別の、全く新しいことを始める必要があった。
(p.142)
あと半年で、野球部を甲子園に出場できるレベルまで引き上げることはできない。だとしたら、野球部を甲子園に出場させるためには、野球部ではなく、高校野球の方を変えてしまう必要がある。
(p.144)
彼女はイノベーションを起こす必要があった。イノベーションはその定義からして、野球部という組織そのものではなく、周囲の社会、高校野球界において起こる変化を指す。捨てるべき古いものを捨てて、新しいものを取り入れる。
捨てるべきものは
- 『ボール球を打たせる投球術』と『送りバント』
であり、 それらに代替するものとして打ち出した戦略が
- 『ノーバント・ノーボール作戦』
であった。これは本書を読めばわかるように、野球部を「感動を与える組織」と定義したからこそ出てきた戦略で、実はここには、著者の岩崎さん野球に対する想いが込められている。
僕は野球をまともにやったことはないし、知識として詳しいわけでもない。あまり試合も見たりしない。それでも古今東西の物語でおなじみのスポーツだから、一通りルールは知っている。その程度の僕でも(その程度だから、かもしれないが)思わず納得してしまった。僕は自分の知識と経験を元に『ノーバント・ノーボール作戦』について判断することは出来ないのだけど、野球に造詣の深い人がこれを見たとき、どう思うものだろうか?
顧客に感動を与えるためのこの戦略は、実際の野球界においてもイノベーションとなり得るのだろうか?
野球部 - 社会への影響、社会からの影響
僕が特に感動して目から鱗が落ちたのは、野球部が社会に与えた影響とその具体的な方法だった。元ブログ記事から大いに改善された部分だと思う。
野球部が所属する都立程久保高校が、野球部にとって一番身近な「社会」だと結論づけた。
その上で、ではどうすればその「学校」に貢献できるかということを考えた。すると、真っ先に思いついたのは、校内清掃といった奉仕活動に従事することだった。
しかしこれは、今ひとつピンとこなかった。もちろん悪くはないのだが、野球部の強みを生かせていないと思ったのだ。
(p.152)
こう考えたみなみは、野球部のマネジメント手法を他の部活に適用したり、ピッチャーを柔道部に派遣して足腰の強化に取り組む、家庭科部とタイアップしてはらへ部員のために試食会を開催、陸上部に走力強化指導をお願いしたり、少年野球チームに指導する時間を取ったりと、周囲を巻き込んでお互いに利のある付き合い方を構築していく快進撃は、心に響くものがあった。
現実的な組織の活動に捕らわれていただけではなかなか思いつかない方法で「貢献」を行い、外部からお返しとして利益がもたらされていく...という好循環に乗っかっている。フィクションだからここまでうまくいくんだ、という向きもあろうが、一つの理想型としてアリだと思うし、十分に現実問題の参考になる。
完全に、完璧に、最後の最後まで正統派ドラマ
本書『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』は、『マネジメント』読み解きの合間にストーリーがテンポ良く挟まってくる...という見方は一面しか捕らえておらず、
実は純粋に小説として読んだときも、秀逸な出来になっていると思う。ちゃんと小説として破綻しないように物語が紡がれているため、何度か読むと登場人物の心境や疑問点が出てきたり、感情移入せざるを得なかったりと、ただの「ドラッカー副読書」の域を超えた、小説としての味わいが染み出てくる。
直接お話ししてわかったことなのだが、ここには岩崎さんのこだわり...というよりも、小説に対する"信念"があるようだ。
いわゆる「文学的」な表現や言葉遊びはほとんどない。英文の翻訳のような、論理的と言いたくなるほどかっちりした指示語を用いて書かれている。岩崎さん本人だから当たり前だけど、ブログの文体に限りなく近い。そしてこれは、自覚した上でそう組み立てているそうだ。
そして物語。特に7,8章は完全に、完璧に、最後の最後まで正統派ドラマだ。一般的に裏をかこうかこうと考えているストーリーは、こっちが正論、いやあちらが正しい、と思わせて実はこちらが最後に勝つ...と要った具合に、堂々巡りの価値観ラリー・倫理観ちゃぶ台替えし合戦みたいになって、読者としては白けてしまうことがある。
小説としての『女子マネドラッカー』は、そうしたひねったところがない王道物語が展開されていて、次の展開がわかる。わかるんだけど、それがマイナスに出ない。
マネジメントチームが戦略を立てて大差で勝ち抜いてゆく試合。俊足・朽木文明のパフォーマンス。監督・加地とピッチャー・浅野慶一郎が「ノーバント・ノーボール」を貫く姿に、語り口が淡々としているのに、読んでるこっちまで「感動を与え」られてしまう。
準決勝の接戦、その後の最終回イベント。盛り上げてくるのは当然、正統派と言っていいような展開と伏線の回収。ここまで堂々と王道ストーリーを組み立てられると、ぐうの音も出ない。というか泣けた。映像化して欲しい。
繰り返しになるが、「ハックルベリーの書いた本」「人気ブロガーがちょっと勘違いして本出しちゃった」「流行の経営系ビジネス書」「ドラッカー生誕100周年に乗っかった副読本」「難しいことを説明するためにとりあえずかわいいキャラを出した萌え系実用書」...これら、様々な考え得る「先入観」を取っ払ってなお、文句なしに良書だと、僕は考えている。
岩崎さん本人に会って裏話的なものも含めた考えを聞き、これは読まれるべき本だという確信が強まった。
ブログと実力勝負についての余談、あるいは自虐
ところで、岩崎さんは、「ブログ → 本」の流れは大いに利用しているものの、本そのものには「はてなの有名ブロガーが書いた」という触れ込みがほとんどなされていない。ハックルベリーのハの字も出てこない。唯一「あとがき」中でブログが出版のきっかけになったことに少し触れられているのみで、著者プロフィールにURLも書かれていない。いい意味で予想を裏切られた形だ。
これが意味するのは、真正面から、実力で勝負しているということだ。実力というのは瞬発力・純粋なスキルだけではなく、周到な準備、計画、周りを巻き込んで状況を動かしていく胆力のようなものを含めてのことであり、これは純粋に尊敬する。
以前はあちゅうがすげぇ、と書いたらHashもすごくね、と突っ込みのトラバが飛んできたのだけど、ここで理由としてあげられているのは、僕のブログがたくさんブックマークされているという事実。
違うんだよ。多くの人に読まれること、たくさんのブクマを稼ぐことが嬉しくないと言えば嘘になるけど、それ自体で誇れることだとも思っていない。実力が伴っていないと胸を張れない。
だから、未だ何も成し遂げていないし能力もない僕の目には、実力で真正面から乾坤一擲の勝負をかけた岩崎氏ことハックルさんが、とてもまぶしく映るのだ。