『ブラック・スワン』はド派手な極論であり、大立ち回りを演じてたった一つのことを気付かせようとしている
池田信夫氏もdankogai氏も絶賛*1しているのだけど、正直この本を最初読んだ時はイライラした。
ブラック・スワン[上]—不確実性とリスクの本質 | |
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どうにも腹が立ってしょうがなかった。著者は、みんなをバカにして見下しているように思えた。
「黒い白鳥」とは、予期されていない、ありえなさそうな、そしていざ起こったときには大きなインパクトを持つ事象だ。世の中は黒い白鳥で満ちており、運・偶然にその首根っこをつかまれていると主張し、理論を使って将来を予測しようとする人々をこき下ろす。金融工学の理論は実験室の理想論。統計の「仮定」の無意味さとベル型カーブの欺瞞。理論に毒されたオタク達。VaRは役立たず。
叩きに叩いておいて、自分は正しく、そのくせ何も結論がない。....そう読めて、なんだこれはと思った。
しかし二度目に読んだところ、著者のスタンスがなんとなくわかった。どうやらこれは一種の「極論」であるらしい。極論を極論と見抜けない人は(ry
僕なりの言葉で、この本がまず伝えたい主張を一言でまとめると、こうなる。
世界のすべてを理論に含めることはできない。そして、理論の外側にある事象は無視してよい「誤差」などではなく、時に爆発的なインパクトを生む「黒い白鳥」である。
コンピュータもレーザーもインターネットもGoogleの成功も9.11テロも、予期されたものではなかった。しかし、それは世界を変えてしまった。
世界を変えた「予期されなかった事象」を「例外」として特別視するのではなく、世界は常に例外が起こり続けるものだという極論。
統計モデルに従った世界などない、とぶっ叩いて気付きを与え、ファットテイルの世界、異端が幅を利かす世界へと目を向けさせる。そこに本書の真価がある。
加えて、この本を読もうとする人は、著者のスタンスを示したプロローグの一節を噛み締める必要がある。
この本の敵役は、ベル型カーブと自分に嘘をつく統計屋だけではないし、プラトン化 して、自分自身をだますために理屈をこねる学者だけでもない。自分が納得できることだけに「集中する」よう私たちを追い立てるもの、それが攻撃対象だ。(中略)
この本で私が、「裏付けになる証拠」ばかり選んで集める卑怯なやり方に頼っていないのに注意してほしい。第5章で説明するように、例を山ほど積み上げるそんなやり方を、私はバカ正直な実証主義と呼んでいる。話に合う逸話を次から次へと繰り出して並べても証拠にはならない。自分の考えを確認できるものを探せば、誰だって自分をだますのに十分なだけ、そういう証拠が見つけられる。(中略)
まとめると、この(私事の)エッセイでは、私はあえて危険を冒して、私たちがものごとを考える時の習慣にたてつき、私たちの世界は極端なこと、わからないこと、そしてありえないこと(今わかっていることによればありえないこと)でいっぱいだと主張する。それなのに、私たちは時候のご挨拶みたいなどうでもいいことにばかりこだわり、わかっていることや何度も起こることにばかり目を向けていることを示す。私たちは極端な出来事から手をつけるべきだ。(中略)
それからもっと大胆な(しかも神経を逆撫でする)主張を述べる。私たちの知識は進歩し、成長してきたのに、いやたぶん、そんな進歩や成長をしたからこそ、将来はいっそう予測しにくくなっている。そして人間の性質や社会「科学」のせいで、私たちにはそれが見えなくなっている。
(p.20)
ドンキホーテとしての本書
dankogai氏は、本書を評して以下のように述べている。
ブラック・スワンの正体、それはあなたである。
私でもある。
それを確かめるには、最後のパラグラフを一目見るだけでいい。
地球の一〇億倍の大きさの惑星があって、その近くに塵が一粒漂っているのを想像して欲しい。あなたが生まれるオッズは塵のほうだ。だから、小さいことでくよくよするのはやめよう。贈り物にお城をもらっておいて、風呂場のカビを気にするような恩知らずになってはいけない。もらった馬の口を調べるなんてやめておこう。忘れないでくれ、あなた自身が黒い白鳥なのだ。読んでくれてありがとう。
404 Blog Not Found:「黒鳥」の正体 - 書評 - ブラック・スワン(後略)
404 Blog Not Found:「黒鳥」の正体 - 書評 - ブラック・スワン
人間ひとりひとりが、予測不可能な、3σの先の「黒い白鳥」だとするならば、この本は壮大なるドンキホーテだ。なぜなら、批判する相手がいなくなってしまうからだ。
専門家は専門家である前に人間で、人間である以上等身大の感覚を持ち合わせている。まぁ、ひょっとしたら僕のサンプル数が少ないだけで、広く見渡せば、理論の世界にどっぷりの、イデアに生きる人がいるのかもしれない。しかしそんな彼らはこの本を読まないだろうし、読んでも自分のことだとは気づかない。
つまりこの本を読む人は「自分は叩かれる側に入っていない」と確信した上で、権威がこき下ろされるのをニヤニヤと見て楽しむように誘導されているわけだ。最初読んだとき『ブラック・スワン』がなんとなく気にいらなかったのはここだ。
誰かを盛大にdisっているように見えて、「理論」の理論たる所以(モデル化)それ自体を叩いて見せている「舞台」なのではないか、と感じた。
しかし上述のように、目から鱗をぼろぼろ出してくれる効果がある本であることは事実で、一読の価値はある。ただ、人間が生まれつきいかに騙されやすいか、という話については『人間この信じやすきもの』でも読んだ方がずっといい気がした。
人間この信じやすきもの—迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書) | |
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世界の見方を変えてみる
「今日から意識すると世界の見え方が変わる」考え方をこの本の"実践的な結論"と呼べるとするならば、下巻の「黒い白鳥に立ち向かうには」を元にして、僕は次のようにまとめる。
- 我々は将来を予測できない。だから、
- いろいろなものに手を出しておけ。
- 正しい時にバカになれ。
- そして、常にひっくり返る覚悟をしておけ。
再び『ブラック・スワン』から引用する。
自分が納得できることだけに「集中する」よう私たちを追い立てるもの、それが攻撃対象だ。
(p.20)
いくら予想を立てて入念に備えていたとしても、ひとたび黒い白鳥がはばたけばすべてひっくり返り、少数の勝者がなにもかもをかっさらっていく。そして著者は安易な集中を否定する。「見えなくなっているもの」があることに気付くようにと警告する。
これを受けて、たとえば僕はこう戯言してみる。人生はもはや計画するようなものではなく、臨機応変な対応力と志向の拡散こそが生きる上で真に必要な能力である。とか、ね。
*1:池田さんは絶賛というほどではないか