生物オタが非オタの彼女に分子生物学の世界を軽く紹介するのための10タンパク
まあ、どのくらいの数の生物オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、
その上で全く知らない分子生物学の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、生物のことを紹介するために見せるべき10タンパク質を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女にバイオを布教するのではなく、相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、機能的に過大な負担を伴うリボソーム、シャペロンタンパクは避けたい。できればシンプルなペプチド様タンパク、大きくても100 kDaにとどめたい。
あと、いくら生物学的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。
生物好きがパスツールの時代は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は
という条件で。
まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。
インスリン
まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「インスリン以前」を濃縮しきっていて、「インスリン以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。長さも51残基だし。
ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
この情報過多なタンパクについて、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、ちょっと詳しい健康番組なら肥満の文脈で登場する一般性を踏まえながら、歴史的な重要性を盛り込み、シグナル伝達系の典型例としての必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。
アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ
アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうなタンパク質(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのものという意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうなタンパクなんじゃないのかな。
「生物オタとしては、エタノールの代謝で生じるアセトアルデヒドを酢酸に分解する速度が酒の強さなんだよーという話題は“飲み会の鉄板ネタ”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。
アミロイドベータ
ある種のSFバイオオタが持ってる生命への憧憬と、フォールディング・オタ的なシンプルかつ美しい構造へのこだわり、そしてアルツハイマー病との関連を彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにもアミロイド的な
- 「集積するベータシート」を体現するβシート部分のLeu, Val, Ala, Ileといった疎水性残基
- 「工学的な応用」を体現するループ部分のHis, Asp, Gluといった荷電残基
の二点をはじめとして、オタ好きのする残基を各所にちりばめているのが、紹介してみたい理由。
コラーゲン
たぶんこれを見た彼女は「化粧品だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
こんな特殊な構造のタンパク質*1が身体全体のタンパク質の30%を閉めていること、化粧品として肌に塗ることで保湿効果が、というなんとなく科学っぽい宣伝で大人気になったこと、アメリカなら訴訟問題になって、それが日本で報道されてもおかしくはなさそうなのに、
日本人って科学の言葉で語られると弱いよね、などと非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。
GFP
「やっぱり科学は目で見てわからなきゃだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「DNAの抽出実験」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、このタンパクにかける生化学者の思いが好きだから。
断腸の思いで光りに光ってそれでも最大蛍光波長508 nm、っていう波長が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「目立つ」ということへの諦めきれなさがいかにもクラゲ的*2だなあと思えてしまうから。
GFPの青だか黄色だかわからない微妙な発光を俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれがRFPやYFPだったらきっちり色の三原色にしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて緑色で光ってしまう、というあたり、どうしても「自分の物語を形作ってきたβシートが捨てられないタンパク質」としては、たとえGFPがそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。とりあえずアウトプットを見るときはGFPという、タンパク自体への研究者の依存度の高さと合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。
ヘモグロビン
今の若年層でヘモグロビンの構造を研究する人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
X線結晶構造解析よりも前の段階で、酸素と結合する性質を持つため生物にとって重要なタンパクであると同時に、高分子としてのタンパク質の動力学研究の歴史を語る上ではずせないこのヘモグロビンで、構造生物学の哲学とか一分子を執着的に研究する技法とかは既に頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティのタンパク質がコンピュータもない時代に結晶化されていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく生物好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる赤血球の一部としてしかヘモグロビンを知らない彼女には見せてあげたいなと思う。
ヒストン
生体内の「転写の実際」あるいは「物質としてのDNA」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて*3。
「他の人は見ないような視点で生物を見る」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそエピジェネティクスの主役はヒストン以外にあり得なかったとも思う*4。
「新しい次元で生命を見る研究がフロンティア」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の源はヒストンにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。
プリオン
これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
語源が "感染するタンパク質因子" であるというえげつなさを乗り越えて、純粋に高分子としての面白さをこういう形で異常型化してみて、それが非オタに受け入れられるか気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。
ロドプシン
9タンパクまではあっさり決まったんだけど10タンパク目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にロドプシンを選んだ。
インスリンから始まってロドプシンで終わるのもそれなりに語呂はいいだろうし、初めて構造がとられたGPCRとして、膜タンパクをターゲットとした創薬の先駆けとなった分子でもあるし、光刺激によるレチナールの異性化が膜タンパク質全体に伝達するダイナミクスのドラマ性も相まって、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいいタンパク質がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10タンパク目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。
「駄目だこの半端バイオ野郎は。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。
こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。
後記
えと、完全に現実逃避です。すみません。
ちなみに最初の画像はアミロイドベータです。