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ミームの死骸を待ちながら

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators. We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators. - Richard Dawkins "Selfish Gene"

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators.
We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators.
- Richard Dawkins "Selfish Gene"

人生のコントロールを取り戻す(五七五)

人生 戯言

生きれば案外死なないもので,僕も今年で29になる.

労働を始めてからというもの一方的に社会に殴られ続け(体感には個人差があります)特に2013年は公私ともに乱れる酷い年で師走ともなればやれやれ死ぬかという心持ちであったが,憑き物が落ちたかのように2014年から人生のコントロール権をめきめき取り戻している,社会に出て初めて自分の足で立っているような気がしており,三十而立とは孔子もよく言ったもんだと思う.

うまくいってることもいかないこともあるけど, 記憶はただの記録であり語らなければミームは死ぬ.というわけでこのへんで久しぶりに人生の進捗報告風戯言を書いておく."人生コントロール権獲得感覚"は,今回書くようないくつかの行動が精神に反映されたものだと僕は考えている.

こんてんつ

  • 会社を設立する
  • ±100年に想いを馳せる
  • 肉体を管理する
  • 美味いものを食う
  • 知識を積み上げる

会社を設立する

2014年に会社を作った.とはいえ別にこれで食ってるわけではなく,主収入は相も変わらずサラリマンである.

サラリマンってのは税金コストが高すぎて資産形成に向かないという話は聞いていたが,いざ収入が増えてくるとほんとに馬鹿馬鹿しいくらい取られる.20代前半からずっと収入源を複数持ちたいという思いはあったし,そのへんの武器として設立した次第.

働き始めてからはずっと中小・ベンチャー企業を見てきたので会社を作るというとどうしても「事業を興す = 起業」が第一の発想に来てしまうが,僕の目的は橘玲氏の著作なんかで取り上げられる所謂 「マイクロ法人」 である.個人的にはジョジョのスタンド的なイメージで,ひとりでやるつもりだったけど乗ってくれた友達がいたので何人かで楽しくやってる(やってない).

最初の会社で既に「あっ社会ってこんな適当に回るんだ」とびっくりしたものだが*1,会社設立というトモすれば身構えてしまいそうな現実も地続きの日常であるらしい.そうこうあって,"会社"を特別な何かであると見る意識は完全に雲散霧消している.

会社作り自体はCookPadにレシピ乗せれそうなくらい簡単なもの*2で,2005年の会社法改正で資本金の最低額もなくなったので最悪作るだけなら1円と印紙代金あればいいし,司法書士やら行政書士に無駄な金払うような話でもない.RPGのクエスト感覚で面白いので自分でやるのオススメ.

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会社を作ることによって,個人とは異なるもう一つの人格(法人格)が手に入る.そうすると,不思議なことが次々と起きるようになる.

貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する橘玲

僕が11年前に株投資を始め,簿記の勉強をして ,金融を扱う会社に飛び込んだ頃から続く一連の経済的自由を求めるプロジェクトであり,法人格を使ってちょんちょん社会を突っついて税務署に怒られながら経験値を溜めている.

彼女は有限責任というダメコン*3を装備して産み出された法人格とはいえ,それなりに語ろうと思えば語れる(いまは語る気がない)熱い心がないでもなく,俺のミームの器となるべく社名に"研究所"を冠する.形式的には「いつかは研究所を作りたい」という僕の目標が叶ったことになるが,今はただのペーパーカンパニーに過ぎない.もっと力と金を貯め,機会を掴んでこの子にちゃんとした魂を込めてやりたい.

自分の仕事をもう少し考慮して選ぶなら、人間はみな本質的には研究者か観察者になるはずだ。というのも、人間の性質や運命は、明らかに誰にとっても同じように興味深いものだからだ。自分自身や子孫のために財産を溜め込もうが、一家や国家を築き上げようが、さらには名声を得ようが、人間は必ず死ぬのだ。しかし真実を相手にするとき、僕たちは不滅であり、変化や不慮の出来事を恐れる必要はなくなる。

孤独の愉しみ方―森の生活者ソローの叡智 (智恵の贈り物)』ヘンリー・ディヴィッド・ソロー

±100年に想いを馳せる

人間は必ず死ぬ.先日祖父母の家に泊まり久しぶり(もしかすると僕が物心ついて初めて)にたっぷり話す機会を作ったのも,仮にも僕の遺伝子プロバイダーなのだし,三十手前にして社会と真正面から殴り合う覚悟が出来てきた今,生きているうちに人間として向き合っておきたかったからかもしれない.まー向き合い直さないといけないものは色々あるんだけど.

祖父にも何か思うところはあったのか,到着すると古いアルバムを見せながら戦時中は戦闘機*4作ってたとか,ご先祖様は,みたいな橋本家系譜の話を聞かせてくれる.祖母からは係る人間の背景心理や数値の話などを.「お前裏の土地に家建てたらええが」と笑って言われたが,確かに土地に根を張り系譜に乗っかる道もあり得たのだろう.

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僕が東京に出てきた背景にある考えは6年前(6年前!!)のブログ記事(田舎は好きだが、それでも東京を選択する。 - ミームの死骸を待ちながら )に詳しいが,当時の思考記録にはまだ僕に至るまでの血の歴史という視点が含まれていない.

人間の見ることが出来る時間範囲は極めて狭い.自身の生物としてのルーツに触れることで,僕は狭い視野を超えて思考をすこし遠い時代に飛ばすことができる.

僕は僕という意志主体であると同時にひとつの肉であり,肉の上で生きていくしかない(中でというべきか).肉を支える生命システムはとても興味深く神秘的ですらあるが,運用側としては不便かつ苛立たしい.百年経てば僕もみんなも等しく死骸である.そう考えるととても心が安らかになるが,同時に己の有限性というものを切実な痛みとして感じる*5

人間は肉の上に有限であるが,有限性を乗り越える武器がミームや遺伝子などに代表される自己複製子である.自己複製子は矮小な生命を乗り継ぐ神であると同時に我々の武器でもある.肉上の生を意識すればするほど,遺伝子を残したいという気持ちも強くなってくる.

肉体を管理する

肉といえば,ここ1年で10kgくらい痩せた.とりあえずこの痛快なグラフを見てほしい.

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体脂肪率は10-13%くらいか.残念ながらもともと骨格太くて丸顔なのであまり見た目に分からないが,社会に出てから溜め込んだカルマを浄化した感覚が心地よく,体調もすこぶる良い.マウス実験では摂取カロリーを低く保てば寿命が伸びるらしいが,ヒトだとどうなんだろうね.

小細工を弄さずとも結局のところ摂取エネルギーひくことの消費エネルギーで身体の変化は予測可能で,予測できれば計画が立てられ,計画があれば行動の制御も可能である.肉体を意志の管理下におくことで,明確に言語化されるわけではないが何となく「意志で身体を制御できるのだから延長で周りの環境も制御してやろう」という自信が湧いてくる.

あと1,2kg落とせば目標(グラフ中点線)達成なので,そこまでたどり着いたら方法論をブログに書く予定.大したことしてねーけど.まぁ確実に成果が上がる方法ってのはいつもつまらんものなのかもしれない

美味いものを食う

言葉は要らない.

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美食とダイエットは完全に両立可能である.

知識を積み上げる

元々学習の快楽で命を繋いでるような人間であったが,労働を始めてからは日々生き延びることに精一杯でそんな余裕もなく.

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ようやく「まずは自分を幸福にしなければならない」と気が付き昨年からちょいちょい目標を決めて数ヶ月スパンで勉強することを再開している.試験という明確な合否が出るもので言うと

また,継続的な勉強としては

などがあり,どれも楽しい.あとは読書か.最近の読書メモブログ => ミームの死骸のmemex(拡張記憶)

いじょ

人間は死と税金だけは避ける事が出来ないと言ったのは誰だったか*6,肩の力を抜いてよくよく世界を見てみると,確かにくっきりと浮かび上がってくる高い壁であるのは確かだ.強大ではあるが,尽力すればそれなりに太刀打ち出来ない相手ではないと思っている.殴り合おう.俺はここで足止めする.別に倒してしまっても構わんのだろう?

知識を深め,現実の新たな姿を知るのは実に楽しい.思い通りにならないこともあるが,ものごとが"成る"こと,意志に反応してくれる世界それ自体に愛しさがある.

いっさいの目標がないということ、いっさいの限界がないということは、意志そのものの本質に属している。意志は終わるところを知らぬ努力である。

意志と表象としての世界〈1〉 (中公クラシックス)ショーペンハウアー p.366

抱く理想も遠い歴史も溺死するほど深くない.きっとすべて現実に落とし込んでいくと「ああこんなものか」と感じるのだろう.理想は理想そのままに,真実は真実ありのままに具現化されることは決してない.

そうした現実にまみれたものごとに美しさを感じられるようになったのは,精神が成熟してきたのかそれとも弾力を失っているのか.僕としてはあまりネガティブな変化と思っておらず,自他ともに認める理想主義者でとにかく生きる現実がつらい,な状態よりはマシかなと楽観的に捉えている.

もしくは単純にこれが老いってやつなのかもしれない.いずれにせよ,現実という場に現れた手持ちのカードで最善手を打ち続けていくしか術はない.

老いゆくぼくの次回作にご期待ください.知らんけど.

*1:参考: ちいさな会社の殺し方 : ミームの死骸を越えてゆけ

*2:難しくはないが複雑

*3:日本の合同会社に米国式LLCのパススルー課税が付かなかったのは残念

*4:「これ紫電改じゃん」とわかったのはつまみ食い艦これ知識のおかげ

*5:僕が死ぬまでに意識が電脳世界に飛び立つ技術が確立される可能性もあるが,それはそれ

*6:いまググったらベンジャミン・フランクリンらしい