メモを捨てろ、本を捨てろ、そのでかい鞄を捨てろ。そんなものに頼るんは自分に自信がないからや
退学しよう。
九ヶ月ほど前に決意して将来を見極めようとした試みに対する回答が出たのは2008年の4月だった。
現在修士一年。この研究室に所属して一年が過ぎた。
この研究室を選んだのは、自分の価値観とは全く違う所に身を置いてみたかったからだ。僕に足りないもの*1が補えると思った研究室がここだった。他にめぼしい研究室がなかったため、消去法で選んだ側面もある。組織というものは叩けばいくらでもほこりが出るらしい。
そもそも研究室を選ぶこと自体、ほとんど詐欺のような契約だ。数回教授に話を聞きに行ったり、研究内容を背伸びして下調べしても学部生の知識ではよくわからない。よくわからないまま、研究室を決めてしまう。
そして、研究室に入って右も左も分からないのに、数ヶ月たったら、「あと二年残るかどうか」を決めさされる。数ヶ月前の選択を覆すだけの情報なんてまだ持っていないし、内薦の話なんかが出てくると、わざわざ院試をうけるメリットも見あたらなくて、修士までの奴隷契約を結んでしまう。
良くも悪くも自分の研究室の特性が見えてくるのは、速くても10月、大抵は卒研を卒研を経験して修羅場状態を乗り越えてから。
運のいい人は、そこで研究室が自分の性格に合うことを発見し、問題なく残り二年ないしは五年の学生生活を過ごす。運のわるい人 (大半はそうだろうけど) は研究室の方針に不満が出たり、テーマが自分のやりたいことと全く違ってやる気がなくなったり、ここにいる自分は、自然な状態と根本的に何かが違う、合っていないことに気付いたりする。
過去の意思決定は今更どうしようもないし、未来を見通すことはできない。よって誰しもその時得られる情報に基づいて最良の判断を下すしかなく、後になってその判断が大して良い選択ではなく、ひょっとしたら悪手であったことが明らかになるかもしれない*2。この研究室を選択したことは、(当時としては)間違っていなかったと思う。
今は情報が増えて判断材料が揃い、より適切な選択肢が見えてきた。
少なくとも、僕はここに居て楽しくない。
ようやく気付いた。性格というのは、僕が思っていた以上に大事らしい。
性格はそう簡単に変わるものではないし、性格にフィットしない環境はストレス以外の何者でもない。環境に適応しようとする努力も成長のきっかけにはなると思うが、常に臨戦態勢でいるといろいろとすり切れていく。無理している状態より、どちらかというと、好きなことをやっている時の方が成長速度が速いように思う。
そして、この研究室という環境は、覚悟はしていたが僕の性格と正反対なのだ。覚悟していたが、理解していなかった。
一年間見てきて分かったことだが、教授がお好きな学生は、考えるよりまず手を動かして、バリバリ実験して、元気が良くて、少し生意気で、ちょっとバカなタイプの学生であるようだ。
一方の僕はメモ魔で、実験よりも論文や本を読む乱読家で、空論と妄想と知識の蓄積に快感を覚えて、でっかい荷物をいつも持ち歩いていて、泥臭い作業を嫌い、基本的に無口。
これが僕のスタイルであって、性格でもある。四月に修士卒後の進路に関する面談があって、そこで教授に言われたのがタイトルのセリフだ。これを言われた瞬間、ああ、僕はこの人に理解してもらえないな、と思った。
この研究室にいることで、価値観が合わないことに加えて大きな問題となっているのは、時間が大幅に取られること。絶対量が足りない。
貧乏学生であるところの僕は奨学金をもらえるものの、バイトしないと少々厳しい*3。
勝間さんの無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法 はじめ多くの時間管理術の進めるように、不得意で、気が進まない、実りのない行動をカットするところから始めなければならないのだが、
これら三つの条件すべてに当てはまるのはどう考えても「与えられた研究テーマ」および「研究室の12時間拘束」だった。
じゃあ、やめよう。
検討1. 退学
いまの環境から逃げるにあたり、一番に考えたのは退学だった。退学して、既に内定をもらっている会社に拾ってもらう。職業としては、プログラマになるのかな。中途半端な時期なので、年度が替わるまでの期間、貯蓄を崩しながら国内外を旅行することを考えていた。
メリット
- 自分に合わない環境から出ることができる
- 手に職。
- 給料を稼げるようになる。
- やりたくないことをやらないでいい
- 将来も役立つスキルが得られる(と思われる)
デメリット
- 入学金と前期の授業料が無駄になる
- 中退者というレッテル
- 論文を好きなだけ読めない。知識の最先端に触れる権利を失う
- 就職先が(新卒として就活する場合に比べ)限られる
- おもしろい授業を受けられない
- 人間関係を壊すことになる
自分で本能的に選んだ「退学」という逃げ道は、思ったよりもデメリットが大きく、ためらっていた。
検討2. 研究室の移動
しかし、最大のメリット「現在の環境の変化」を保ったまま、ほとんどのデメリットを回避する方法に気がついた。別の研究室に移ることだ。移る先の研究室を仮にラボBとする。
ラボBは生体分子のシミュレーションをメインにしており、僕の興味ストライクである。しかしあまりに放任過ぎるため、下手すると何も得ないまま卒業することになるのではないかという不安があり、B4の研究室所属で二の足を踏んでいた。
「興味と価値観の優先度は高く設定すべきだ」と気付いた今になって思えば、こちらに行った方が正解だったとわかるが…。
この中途半端な時期に、研究室を移れないかと考えた。
まず可不可を判断するに足るだけの情報があるかどうかと考えたが、「ない」という結論。そこで必要な情報を得るところから始めた。
実は僕の研究室には、修士課程で研究室を移った先輩がいる。しかも異動先もラボBだ。その先輩は僕と同じく卒研にシミュレーションを使っており、「自分の時間を大切にしたい」という信念を持っていて、この研究室を辞めてラボBに移った。
今週、ラボBの先生と、移動した先輩に話を聞いてきた。ドロドロしてるので詳細は省くが、現実的に難しいようだ。先輩の時は、研究室を移るだけの、それなりの理由があった。
理由がないなら無理矢理作ればいいのだが、そうこうしている内に、第三の選択肢が見えてきた。
検討3. 現在の環境で戦う
「今が、戦うべき時なのか、逃げるべき時なのか」
「自分を飛躍的に成長させる状況」と「自分が潰されてしまう状況」の見分け方 - 分裂勘違い君劇場
この見極めができるかどうかで、人生のかなりの部分が決まってしまいます。
ここでid:fromdusktildawnさんが言っている「責任と権限のバランス」を考えたとき、僕はまだ自分の使いうる手段を全て使っていないことに気がついた。「臆病」がその主な理由であるため、意識の変革が必要だと思った。性格の矯正ではなく、意識の変革が。
12時間拘束という、爆破されてしかるべきこの研究室にいる以上、絶対的な時間は削られる。
わずかな抵抗として家庭教師の仕事を辞めたり*4、早寝早起きを心がけたり、用がないのにコンビニに寄るのをやめたり、だらだらTwitterをやめたりというライフハックを敢行。
あとは就活、iGEM、アルバイトなどなるべく「公的」な用事をたくさん入れて、研究室にいる時間を減らす。
研究がおもしろくなるようにする
研究室にいる時間を減らすのはいいけど、それじゃ実験できない。
いや、実はそれより前に問題がある。
The only way to do great work is to love what you do. If you haven't found it yet, keep looking. --- Steve Jobs
実験したくないでござる。
詳細は述べないが修士研究がつまらない。研究の目的が矮小で研究の手法が非現実的なものに感じられる。退学も移転もしないなら、この研究と2年間付き合っていかねばならない。このままでは苦痛以外の何者でもない。そこで研究を面白くする方法を二つほど考えた。
その1、おもしろい方法を適用する
テーマ自体は変わらないが、卒研で使った分子動力学シミュレーションを修士研究にも無理矢理応用してみよう。これは、ラボBの教授に相談した時、「安西先生、MD*5がしたいです」と言った僕に対して
「MDを今の修論テーマで使えばいいんじゃない?」
と言われたことがきっかけ。なるほど。
MDは分子や溶媒を構成する原子の挙動を、運動方程式を解くことにより計算するものだから、系さえ組み立てれば、原理的には何にでも使える*6。僕のテーマも「実験屋さん」の研究である以上、原子やら分子が関わっている。できないことはないが、今は、応用すべきポイントを見つけるだけの知識がない。まぁ、ないなら勉強すればいい。幸い僕は頭でっかちで、勉強は好きだ。
この方法を軌道に乗せるには、自分でテーマの方向性を決定する開拓力と、二つのものを繋ぐ想像力と、教授に認めさせる交渉力が必要になる。何よりも頭をフル回転させて、答えがあるかないかわからない問題を解く必要が出てくる。
余談だが教授はコンピュータシミュレーションの力を過小評価しすぎていると思う。実験で全てが決まる時代はとっくに終わっている。そんな教授を説得するのは骨が折れる作業だ。
ウェブ時代 5つの定理―この言葉が未来を切り開く!で梅田さんが書いたように、
「技術者の目」で世界を凝視し、「今日から明日に繋がる解法」で解き、「昨日の世界」で生きている旧世界の人達が納得できるぎりぎりの線を攻める
ことが必要になる。
こうして無理矢理おもしろい方法を適用して、あわよくば研究の方向性すら自分の思うように曲げてしまうことが出来れば、それは十分誇れる研究・経験になるはず。「最初、僕の修士テーマはトンデモで…」と笑い話にしてしまえ。
その2,おもしろい部分に集中する
いまうちの研究室では、測定機器からの信号をPCに取り込んで、教官自作のVBスクリプトでExcelに書き込んでグラフを描画させて*7…ということをやっている。僕のプログラミング能力は明らかに過大評価されてて、指導教官から「もっと使いやすく作り直してくれても良いよ」と言われた。いやいや、僕はFizzBuzzで喜んでるレベルですYO!。
加えて、「測定機器を開発する」という研究テーマ上、本格的にのめり混むとなるとアキバに通って、自分で回路をはんだ付けして組み立てて、アナログからデジタルデータまでの過程をすべて世話してやる必要もあるかもしれない。
プログラミングと、電子工作。研究テーマはともかく、ここは面白い。
よってまずは、おもしろいと思う部分に集中してみることにした。そこから広げていけば、研究テーマの目的*8を実現する、別の道筋が見えてくるかもしれない。
以上の意思決定は、
- つくばの手帳オフ後の飲み会にて、ちょっとだけ進路相談
- 高校からの友人Nと話した
- はてな村流行の言葉で言えば、彼は思考回路がマッチョ。技術面での才能もある。絶対将来何かやらかしてくれる。そんな彼に、現状をよくするための具体的な行動をアドバイスしてもらった。
- 五月下旬にid:sotarok、id:beatinaniwaと飲む
- やりたいことをやってる研究室に移れば、と勧められる。この話し合いのおかげで、移転したい研究室に乗り込むというアクティブさを発揮することが出来た。
彼らからのアドバイスや、自分の口から言葉にして考えを出してみることが、とても役にたった。ありがとうございました。
やっぱコミュニケーション大事だな!
昨年、つまりB4の時は本も読まずやりたいことも我慢して研究にのめり込んで、ぼくが「実験作業」に向いているかどうか、人体実験により判断しようとしていた。その結果がこれ(知識欲が満たされず自分の好きなことが出来ずに病んでしまい、一生懸命やった実験もあまり評価されず)だよ!これはすべて、自分の強みを生かさなかった失敗によるもの。
そもそも、人は、その瞬間、瞬間で、いろんなことに興味をもち、
「好きを貫く」よりも、もっと気分よく生きる方法 - 分裂勘違い君劇場
いろんなことをやりたくなる、自由で軽やかに発散していく欲望を持っている。
大切なことは、常に選択肢を複数残しておくこと。
これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らをもっとも貢献できる場所に置き、成長していかなければならない。 (p.111)
そこでマスターとなった今、B4の時のように自分の興味と性格を押さえ込んで精神的に病むことのないよう、可能な限り自重しないことを決めた。本は一ヶ月20冊以上読むし、MIT主催の合成生物学コンテスト"iGEM"にも参加するし、言語解析技術を使って面白そうなことをやってるベンチャーでバイトさせてもらうし、他専攻の授業も取るし、就活で満足のいく結果を出したいし、研究室独自の道具を使うより汎用性のあるスキルを意識的に使ってみるし、ブログも書く。
上記に加えて、作業プロセス自体、あわよくば研究テーマそのものまでも自分でマネジメントし、自分の性格に合うように作り上げていく練習を行う必要がある。この環境から逃げずに残る以上、これくらい欲張らないとワリに合わない。
といっても僕は気分屋なので、これだけ長々と書いたにもかかわらず一週間後には教授と大げんかして大学を辞め、放浪者になってるかもしれない。
その時はよろしく。
*1:プレゼン能力、コミュニケーション力、腰を据えて実験する能力、生物を化学の言葉で語るための語彙、特定の学問に偏らない幅広い科学知識
*2:就職した同コースの友人と三月ごろに話して気付かされたこと
*3:本の購入量が半端ないからという節もある
*4:もう一つのバイトを優先することにした。カテキョのほうが時給は良いけど、Railsを使うそのバイトから得られる経験とスキル、自分の興味を考えると、こちらの方が自分のためになる
*5:Molecular Dynamics。分子動力学シミュレーション
*6:観察対象の系が複雑だったりマクロすぎたりすると役に立たないが
*7:もっといい方法ありそう
*8:テーマが設定された根本的な理由。本当に解決したい問題