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ミームの死骸を待ちながら

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators. We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators. - Richard Dawkins "Selfish Gene"

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators.
We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators.
- Richard Dawkins "Selfish Gene"

微生物を構成する最小ゲノムと、人工生命の合成

bio 社会勉強


前回予告(d:id:Hash:20080116)した人工生命ネタ。21歳最後の日のエントリ、ちょっとがんばってみた。こないだの予告だけでid:bak_a_mono氏は瞬間的にわかったようです。
bak_a_monoの日記
そうです、Mycoplasma laboratorium - Wikipedia, the free encyclopediaこれです。先輩に見られてると思うと適当なこと言えんなぁ


Bad Boy of Science


クレイグ・ベンター(Craig Venter)。ヒトゲノム競争で世界を先導したり、自分自身のゲノムを全世界に公表したり、海底をすくってどれがどの生物のゲノムだとか考えずに全部まとめて解析するWhole-Genome Shotgun Sequencing*1をやったりと、アグレッシブな研究者である。"Bad Boy of Science"という名誉な二つ名まである。最近ではWeb2.0サミットに参加し、ティム・オライリー(Tim O'Reilly)と話したとか。
Sorry, this show has been removed from Blip. | Blip
これから1年は、彼の挙動は要注目期な気がする。最近は本も出したようだ。

A Life Decoded: My Genome: My Life

A Life Decoded: My Genome: My Life

そんなベンターが手がける研究の一つが「人工生命の合成」だ。Synthetic Bilogicalに生命を作りだそうという試みで、去年話題になった。

  • 彼の言う人工生命とは?
  • どうやって作るの?
  • 研究の歴史はどんな感じ?なんで去年世間が騒いでたの?

これらについて調べたことを書く。応用とか現状とかは見てくれた人の反応と気分によって追記エントリをあげよう。


"What is life ?"


生命の合成といっても、「生命」の定義は曖昧だ。「生命とは何か?」僕の尊敬するアリストテレス(Aristotle)のプシュケー(psuke)に始まり、近代ではエルヴィン・シュレディンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger)まで、誰もがこの問題を考えてきた。自己複製する分子が生命なら超分子化学者はいくらでも生命を作ってきたし、いや自由意志があって初めて生命でそれ以外は機械だとかいう人もいた気がするし。教科書的な答えとしては

  • 外界から隔絶された環境を持ち
  • 自己複製して
  • 何らかの代謝を行うシステム、

てな感じか…ウイルスは生命か微妙、というのが共通認識らしい。…ともかく、問題はベンターが何をもって「生命」としているか、という点。Genomistとしての彼の答えはこうだ。

生存に必要なゲノムを持つ細胞

この定義に基づき、次のようなアプローチで生命を合成しようとしている。
生存に最小限必要なゲノムを同定してやり、適切な環境下でそのゲノムを発現させる。
それだけ。そうして作られた「最小生物」はDNAを転写、翻訳して*2自分の身体をつくり、栄養を取り込み、自分を複製して培地中で生きていく。世界初の合成生命のできあがり、というわけだ。
注:専門外の人向けに「DNA≠遺伝子」「bp数≠遺伝子数」という部分を解説しようと思ったけど、ggrの方向でお願いします


"How few parts would it take to construct a cell ?"


まず生命を合成する前に、「生存に必要な最小ゲノム」を探す必要がある。この作業は消去法で行われた。すなわち、
ゲノムの一部を適当に壊す。壊して生きてりゃその遺伝子は生命に不要
という力業だ。


研究対象

実験材料として、知られている限り最小のゲノムサイズを持つ生物を選ぶとラクだ。
Mycoplasma genitaliumのゲノムはわずか580kbpで構成されており、ヒトゲノムの0.2%、大腸菌の12%の大きさしかない*3。こいつのゲノム中から「なくても生きていける」遺伝子を取り除き、ギリギリまでダイエットした「最小ゲノム」がMinimal Bacteriumである。
Mycoplasma genitalium - Wikipedia, the free encyclopedia


"Licence to Kill"


ゲノムを適当に壊すとは、具体的に何をやるのか?ー自然界にある"Transposon"という部品を使う。
Transposable element - Wikipedia, the free encyclopedia
トランスポゾンとは、ゲノム上で自分を複製する遺伝子。親ゲノムがダメージを受けようが気にせず、ただ機械的に、化学現象としてゲノム中のどこにでも自分自身の配列を挿入することができる、まさに「不死の遺伝子」。言い過ぎか。


ともかくそのトランスポゾンを使えば、Mycoplasma genitaliumのゲノム上、ランダムな場所に「余計な」配列が挿入される。挿入された部分の遺伝子は正常な機能を失う、と期待される。


さて、ランダムに挿入が起こった状態のM. genitaliumを培養する。すると、もし挿入された場所が生存に必須の遺伝子ーたとえばDNAからRNAを作る酵素をコードする部分ーだった場合、M. genitaliumは死んでしまう。死ななかったM. genitaliumがコロニーとしてシャーレ上にポツポツと生えてくる。こいつを回収し、ゲノムを読んでみる。
お、遺伝子HOGEHOGEにトランスポゾンが入ってる。それでもこいつは生きている。じゃあ遺伝子HOGEHOGEはいらない遺伝子だな。という作業を繰り返して
480個のタンパク質コード遺伝子中、だいたい265〜350個あれば微生物は生きられるっぽいよ!
と発表したのが1999のScience記事だ。

Global Transposon Mutagenesis and a Minimal Mycoplasma Genome
"全ゲノムへのトランスポゾン変異導入と、マイコプラズマの最小ゲノム"


正確に、正確に


シークエンスを読んで「いらない遺伝子」はわかったけど、本当に「いらない」のか?その遺伝子が無くても生きていけるのか?確かめるためには、対象遺伝子を除いた状態のM. genitaliumを育て、そいつが正常に生育するかどうか確認する必要がある。この作業を「不要候補」である100以上の遺伝子一つ一つについて行い、次に複数の遺伝子を外して育て…を繰り返す。大変だ。

結局、

  • トランスポゾンを無視して機能する必須遺伝子
  • 片方なくてもいいけど二つ同時に除くと生きられないペア遺伝子
  • トランスポゾン入ってたけど実は壊れた機能を他の細胞から供給される物質で補っていた

などとイロイロ見落としていた部分があって、正確に「これが最小ゲノムだ」と確定するまでに7年もかかったようだ。そこでようやく発表されたのが2006年のPNAS記事

Essential genes of a minimal bacterium
"最小の細菌を構築する必須遺伝子"

僕の認識ではScienceは概念が革命的な研究を紹介するジャーナルで、PNAS, JACSなどは正統派実験ジャーナル。後者に投稿するには理論の正当性、再現性が必要だが、なかなかうまくいかなかった…てな感じだろうか。

この論文の結論としては、必須遺伝子数は前より増えて、
382個のタンパク質コード遺伝子があれば、生命は生きていける!
とのこと。おもしろいと思ったのは、タンパク質まで翻訳されないRNA coding genesも必須遺伝子に含まれているところ。極めて原始的な生物でも、RNA機能を必要としてんだな。RNA World仮説の裏付けに使えないか?


取り除けないブラックボックス


382個の遺伝子の中には、まだ100近くも、役割がわかっていないタンパク質コード遺伝子が存在するという。理想的にはすべての因子を同定して相互作用を俯瞰的に把握したいところだろうが、それはSystem Biologistに任せたのか、ベンターらは次の段階に進んだ。


"means for solving the problems"


ようやく正確に最小ゲノムを同定したベンター社は、次にまたハデなことをやった。2007年のScienceのペーパーがそれだ。↓
Genome Transplantation in Bacteria: Changing One Species to Another
"細菌のゲノム移植"

どこの研究室でも使われているであろうPEGを使って、形質転換*4をやったという論文。形質転換自体は、学部生の練習実験でも行われるあたりまえの作業。ただし、入れるDNAも受け入れる細胞も普通じゃない。

  • 入れるDNAは、生物種Aのゲノム「まるごと」
  • DNAを入れられる生物種Bの細胞は、本来のDNAを完璧に破壊された「皮だけ」の状態

この試みは成功し、見た目はBだが、遺伝子と内部機能は完全にAである生物ができた。この研究はけっこうなインパクトを持って受け止められたらしい。

Scientists Transplant Genome of Bacteria
First genome transplant changes one species into another


長いDNAを合成する


「最小の生命レシピ」が得られた。あとは設計図に従ってDNAを合成し、前述の方法を使って細胞の皮の中に詰め込んでやるだけである。
しかし、最小と言ってもざっと350kbpはある。PCR用に20bpくらいのプライマーを注文するのとはケタが4個も違う。じゃあどうやって最小ゲノムを合成するのか?

これまた地味な作業だ。そしてこれまた生物の機能を利用する。まず通常のDNA合成機でDNAの断片を作成する。正確に合成できるのは50bp程度だろう。この断片を大腸菌中でつなぎ合わせて*5、数百キロbpのDNAを作る、らしい。ひょっとしてDNA合成的にも新しい手法か?目的のために新しい手段を開発していく姿はなんともニュートン的だ。


手法の確認として、今まで扱ってきておなじみになっているMycoplasma genitaliumのゲノムを合成してみたらしい。
JCVI: Research / Projects / First Self-Replicating Synthetic Bacterial Cell / Overview
これが成功したことで、最小ゲノムを合成できる目処が立った。


最後の一歩


最小ゲノムの設計図は手元にある。組み立て方も確立した。空っぽの細胞にゲノムを入れて機能させる、という手法の確実性も証明した。あとは実際にやるだけ。この合成されたゲノムをもって生存するであろう合成生物を、彼らは"Mycoplasma laboratorium"と呼んでいる。


ここまできてようやく「ベンターは本気らしい」と一般に伝わったのか、2007年になってベンターの研究がいろいろなところで取り上げられた。
しかし、2007年10月に誰かが尾ひれを付けて「人工生命の合成に成功!」という噂が流れ、世間が「まじかよ!」と脊髄反射。そんな事情で昨年10月以降、世間が騒いでいた。結局、


どうもいぶかしいので、クレイグ・ベンターの代理人にメールで問い合わせてみたところ、
 「まだ合成には成功しておりません。数ヶ月はかかる見込みです。
  成功した暁にはしかるべき手続き(ピアレビュー)を経て学術誌に発表いたします」
との回答をもらった。

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とあるように、「合成成功」の報はどうもデマだったらしい。
僕と同じようにid:blackshadow氏も真に受けてびびったようである。


先日取り上げたベンター博士らによる微生物ゲノム人工合成のニュース
幻影随想: Venter博士のチームが細菌ゲノムの人工合成に成功したらしい
についてですが、どうもガーディアン紙の勇み足だったっぽいです。
確かに予想より随分と早いとは思ってたんですが…

幻影随想: 先日取り上げたゲノム合成のニュースは飛ばしだったらしい

というわけで


肩すかしっぽい結論になったけど、個人的にはゲノム界のパイオニアが実際は泥臭い作業をしてるあたりに親近感がわいた。まぁ社長自ら実験やってるわけはないけど、組織として意外と地道だったな。現状に興味があるので、2008年現在の情報を追って追記するかも。激しく騒がれていないところをみるとまだできてないのかな。

しかし、一般の科学認知レベルはかなり上層にあって、よっぽどインパクトが高くないと誰も気にしないもんだな。細分化した現代社会では仕方ないのかもしれないが…


Pragmatic Programming of DNA


遺伝子プログラム時代の到来か…と思っていたら、ワシントンポスト紙の記事に面白い表現があった。


We're heading into an era where people will be writing DNA programs like the early days of computer programming

Synthetic DNA on the Brink of Yielding New Life Forms


そのうち、DNA Hackerが登場したら楽しそうだ。自分のDNAをハックし、書き換える。成体のDNAを書き換えても無駄だろうから、ある機能を持つ人工菌体を体内に飼うのが現実的なところか。プログラム能力で実世界の自分の性能も決まる。コーディングがそのままリアルに反映される。仮想世界やネトゲみたいに脳主体の世界もあり得るのかな。それなんて攻殻

DNAを組み立てて生物をプログラムする。これをボトムアップでやろうとしてるのがSynthetic Biologyであり、今System Biologyと並んで最も熱い生物学である。ただ、僕の所属する研究室の助教が言うように、「面白いけど、どこに向かおうとしてるのかわからない」部分もある。倫理的問題もやっかいだし。

まぁ個人的には、どこに向かおうと面白いなら行けるとこまで行けばいいんじゃないかね、と思う。


*1:この環境ゲノムショットガン法は、個人的に、"本当の"遺伝子型-表現型相互作用、つまり生物個体という壁を越えて延長された表現型を調べる上で重要な着眼だと思う。生命は単独で生きてるわけじゃない。…スパコンでも相互作用解析が追いつかないんじゃないかとか思うが。

*2:そのためには酵素が必要だ。つまりDNA-タンパク質のどちらが先かという問題は解決されておらず、既存の生命システムに従った生命を作っているに過ぎない

*3:今は2002年にゲノムが読まれた、Nanoarchaeumの490kbpが最小ゲノム記録保持者らしい

*4:DNAを細胞に入れること。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E8%B3%AA%E8%BB%A2%E6%8F%9B:title]

*5:こまかい手法はちょっとフォローできなかった