ミームの死骸を待ちながら

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators. We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators. - Richard Dawkins "Selfish Gene"

We are built as gene machines and cultured as meme machines, but we have the power to turn against our creators.
We, alone on earth, can rebel against the tyranny of the selfish replicators.
- Richard Dawkins "Selfish Gene"

パーツ買い集めてキーボード (Ergodox) 組み立てるのがめっちゃ楽しい話

先月 Ergodox を組み立てたのだけど,プリント基板を発注したりはんだ付けしたりと,なかなか楽しい体験だったので記録を残そうと思う.

f:id:Hash:20191224180445j:plain
キースイッチはんだ付け作業途中の図

先にでぃすくれいまー書いとくと,自作キーボードのガチ勢な方々は基板設計から始まるっぽい*1から,僕がやった「パーツ買い集めて組み立てる」というムーブはプラモを説明書通りに作っただけで,エンジョイ勢レベルになると思う.技術的にすごいことをやっているわけではない.そこをご理解頂いた上でお読みください.

久々にブログ書くんで戯言欲を持て余し,クソ長く,いらん無駄話も入るけどまぁよかろ.

Ergodox ってなんじゃいな

Ergodox についての詳しい説明は省くが,僕が 2016 年頃から愛用している,オープンソースのセパーレト式メカニカルキーボードである.

f:id:Hash:20200103144457j:plain
こんなの

キーボードがオープンソースとはどういうことかと言うと,キーボードのプリント基板 (PCB) が GitHub に公開されていたり,マニュアル*2をもとに有志が組み立て手順をネットに上げていたり,キーボードファームウェアとしてこれもオープンソースqmk_firmware を採用していたり,みたいな.PCB にキースイッチを初め諸々のパーツをはんだ付けで接続していくことになるのだが,必要なパーツは秋葉原や通販で揃えることができて,あっちこっち探し回るのが RPG みたいでわくわくする.

ファームウェアは C 言語で書かれていて,自分好みにキーレイアウトをカスタマイズすることが出来る*3.僕のキーレイアウトは qmk_firmware を fork して自分のレポジトリに置いているのでよかったら見てみてください.QWERTY ベースなので基本フツーだけど.

f:id:Hash:20200103054255p:plain
僕の Ergodox キーボードレイアウト (layer #1)

見たとおりキーの数が多くて(片手 38 キー x 2 = 76 キー),特に親指周りが充実しているのが嬉しい.基本的に US キーボードレイアウトで使っているが,もちろんあらゆるキーボードと同様に Karabiner-Elements と組み合わせることで Mac 純正日本語キーボードのように左右親指で英数/かな切り替えを実現するなどの拡張も可能.そもそも qmk_firmware 上の定義だけでもわりと色々できてびっくりする.たとえば音量やマウス操作も特定キー組み合わせに割り当てることができるし,僕は Copy/Cut/Paste や Ctrl+F1 (Mac のアプリケーションウィンドウ切り替え) を親指ワンストロークで発行できるようにしている.

さらに Layer を切り替えることでレイアウトをがらっと変えることも出来る.僕は Layer #2 はメールを流し読みして削除フラグ立て等のアクションが片手でできるモード,Layer #3 は数値と記号だけのテンキー状態にしている.

ただ充実しすぎて,正直五段目のキーや親指島,多段レイヤーを 100% 活用しきれてないと思う.なんか面白いアイディアあったら教えてください.詳しい説明は省くとか言いながら割と語ってしまった.

Ergodox 組み立てに至る経緯

さて.Ergodox はオープンソース...だけど,僕は軟弱者なので,Ergodox EZ の組み立て済バージョンを購入して三年半ほど使っていた.三万円くらいしたけど毎日仕事に遊びに活用してきたから完全に減価償却済である.

それが昨年,ついに壊れた.というかキーがいくつかチャタリングを起こすようになってきて,僕が構造をよく理解しないまま,はんだ付けされたキーを外そうと基板を無駄に焼いて動かなくしてしまったので純然たる自爆であるとも言える.

で,軟弱者なので次の Ergodox EZ を購入した.旧 Ergodox EZ は基板だけがダメになってることが予想できたので,購入ついでに Ergodox EZ 販売元である ZSA Technology Labs に「基板だけって売ってないの」と聞いてみた.基板だけ買って復活させれば,自宅と会社,両方に Ergodox のある生活が送れるためだ.すると,

f:id:Hash:20200103063121p:plain
やさしい

返信で CEO Erez さんが直々に「オープンソースだから基板 manufacture すればよくね」とメールくれたので「確かに.そうするわ!」とお返事.Best of luck! :) とのこと.利益にならないのに親身になってくれてやさしい.

なるほど製造業者に基板を発注して新しいやつを入手しつつ,旧 Ergodox EZ を分解してケーブルやケースを流用すればいいだろう.他の人の組み立てブログを読んでケース結構高ぇなと思った記憶がある.他の電子部品はどうだろう? 理想的には基板だけ新しくして既存のパーツは旧 Ergodox EZ から desoldering して回収すれば動かなくもないと思う.でもきれいにはんだ付けを取り外せるスキルは無いし,せっかくだから電子部品は新しく買い集めて作ってみるか.

ようやく始まりである.

基板の発注

まずは何はともあれ PCB の発注.調べたところ,Ergodox の PCB 元データは確かに GitHub 上にあるが,どうやらガーバーファイルという形式で発注しなければならないらしい.そこで,KiCad をダウンロードして Ergodox PCB ファイルを開く.最初混乱したんだけど,面白いことに Ergodox は 1 枚の基板の両面がそれぞれ左手用と右手用になっている.だから,2 枚同じ基板を発注すればいい*4.セパーレト式キーボードだとよくあるのかな.

f:id:Hash:20200111043133p:plain
シンプルで美しい

で,これをガーバーファイル形式で出力する(参考: ガーバーファイルを出力する方法 – Feedback & Ideas for seeed).これでよし.

次に,発注.選んだ製造業者は,Speeed というところが運営する Fusion PCB なる基板製造サービス.個人利用の小規模スケールで基板作ってくれるサービスけっこうあるっぽい.

f:id:Hash:20200103061924p:plain
Fusion PCB 発注画面

これまた「ガーバーファイルたくさんあるんすけど... どれ渡せばいいんですか (´・ω・`)」とメールで担当者に泣き付きながら教えて頂き,無事発注完了.担当者は中国の方だったみたい.世界はやさしい.

以下のファイルを zip にまとめて web から基板製作を依頼.送料込みで $73.2 (=~ ¥7900) くらいかなぁ.

f:id:Hash:20200103154929p:plain
Ergodox 基板製造に必要なガーバーファイル

人生をやっていると,確か一週間くらいで中国から基板が届く.結構速い.

f:id:Hash:20200103064125p:plain
片面が左手用,裏返すと右手用

ちなみに発注後,実はガーバーファイルも GitHub レポジトリに存在することに気が付いたので KiCad のくだりは完全に無駄足であった.でもまぁ基板設計 CAD いじくり回すとかいい経験だろう.KiCad 回路図のネットワーク配線情報が一部 S 式? で書かれているようで脳の配線がバグる.

f:id:Hash:20200103064906p:plain
KiCad 回路図定義における S 式らしきもの

なお本件は総じてこのような無駄足による経験が積めて最高だった.仕事だと,なかなか知識欲ドリブンの無駄な遠回りを楽しめない.

パーツを揃える

Ergodox 基板をゲットしたので,その上にはんだ付けしていくパーツを揃える.公式サイトによると全パーツリストは以下の通り.

f:id:Hash:20200103124726p:plain
知らん単語ばかりでググりまくった

整理する.

個数 値段小計 英語名 解釈 入手場所
1 ¥7900 Pair of pcbs (one for each hand) PCB 基板 1 組(左右の手で計 2 枚).先の段落で発注したやつ Fusion PCB にて最小発注枚数の 5 枚で注文
1 ¥1200 Teensy USB Board, Version 2.0 Teensy なる USB マイコン Teensy 2.0 USB Keyboard Mouse AVR for arduino ISP Board - AliExpress からゲット
24 ¥0 Teensy header pins, male (unless pre-installed) Teensy を基板から浮かせる形で指すトゲトゲしたやつ ↑で Teensy 2.0 買ったら付いてた
1 ¥635 MCP23018-E/SP I/O expander 最大 16 本の I/O を I2C プロトコルを使って 2 本で読み書きできるようにしてくれる IC I/O EXPANDER I2C 16B 28SDIP MCP23018-E/SP - マルツオンライン *5
76 ¥8500 Cherry MX switches 各キーに一個一個つけるキースイッチ*6.好みは無数だけど僕は Cherry 赤軸を選択 10ケセット Cherry MXキースイッチ(赤軸) メカニカル押しボタンスイッチ ジェイダブルシステム を 8 個注文
76 ¥200 1N4148 diodes, SOD-123 package (Surface mount) or DO-35,(0.3” pitch) (through hole) 76 個のダイオードを全キーにちまちまと付ける.ダイオードは電流を一方向にしか流さない.最初にエンドレスはんだ付けで心を折ってくる 秋月電子で 50 個セットのを 2 パック
2 ¥100 2.2k Ω resistors (red, red, red) 抵抗.そうそう抵抗値によって線の色が違うんだった.中学の授業でやったな 秋月電子で最小単位 100 本
3 ¥0 3mm T1 LEDs これ結局買ってない.なんか基板上に付ける場所なくない? USB 挿した時に光らせる部分だと思う --
3 ¥100 220 Ω resistors, or match to LED. (red, red, brown) ↑の 2.2k とは違う 220 抵抗.線の色が赤・赤・茶だ 秋月電子で最小単位 100 本
5 ¥0 Short jumpers (You can also use the clipped off legs from your resistors) これなんだかよくわからずに秋月で「ジャンパワイヤ」みたいなの買っちゃったんだけど,不要だった.抵抗はんだ付けして切り取ったゴミ...じゃなくて足部分を使えば OK --
1 ¥100 0.1 µF ceramic capacitor (marked “104” for 10*104 picofarad) セラミックコンデンサカイガラムシみたいな形してやがる.必須じゃないけどあればベター*7とのこと.電圧を安定させる効果があるらしい? 秋月電子
1 ¥110 USB mini B connector WM17115 USB mini B のメス.お使いの PC から繋ぐ口 千石電商 (秋月電子にはなかった (間違えて表面実装のモデルを買ってしまったため through hole モデルを買い直すという二度手間が発生))
1 ¥256 USB mini B plug with short cable (such as H2955) これ意外と難関.作り進めてようやく何のことか理解したのだが,USB mini B ケーブルをご用意してUSB ケーブルを切ってほぐして繋ぐという外科手術を行う必要がある.分解するのけっこう大変なので,もしかすると USB mini B オス側を買って,自分でケーブル繋いだほうが良いかも知れない エレコム USBケーブル 【miniB】 USB2.0 (USB A オス to miniB オス) ノーマル 0.5m ブラック U2C-M05BK
1 ¥0 USB cable male A to male mini B これは要はあれです.お使いの PC とキーボードを繋ぐやつ 旧 Ergodox EZ についていたやつをそのまま利用
2 ¥700 3.5 mm TRRS sockets, CP-43514*8 左右のキーボードを接続する際の受け口.調べて驚いたんだが,TRRS って イヤホンを差し込むあの丸いジャコっとした手応えのやつの規格らしい.不思議! CONN JACK 4COND 3.5MM R/A SJ-43514 - マルツオンライン
1 ¥0 Cable with two 3.5 mm TRRS plugs 左右のキーボードを繋ぐ線.↑の TRRS sockets 間を繋ぐよ 旧 Ergodox EZ についていたやつをそのまま利用
1 ¥0 Ergodox Keyboard case 見た目を左右するやつですね.キーボードケース.僕は旧 Ergodox EZ のケースが流用できるぜと気楽に考えていたんだが,後述するようにこれが大変だった. 旧 Ergodox EZ についていたやつをそのまま...いや,一部加工して利用
76 ¥0 MX Keycaps キースイッチの上に被せるやつ.僕は Ergodox EZ 無刻印の黒が気に入ってるのでそいつを流用.無刻印であるとはすなわちノーヒントで組み立てる必要があるということ 旧 Ergodox EZ についていたやつをそのまま利用

実物写真などは,はんだ付けしていく段階で改めて乗せる.

値段(通販の場合は個々の送料含む)を合計すると ¥19800 程になる.一方で組み立て済 Ergodox EZ を買うと,付属パーツ等を含めて $325 (=~ ¥35000) くらい*9.自作すると Ergodox EZ で買う時と比べて 60 % 程度の価格で入手できるが,激安!ってほどじゃないし時間もかかるので,組み立てプロセス自体に楽しみを見いだせる人向けの選択肢かなぁやっぱり.細々した電子部品は誤差レベルの安さなので,基板をもっと安価に作る手段があれば,ほぼキースイッチの値段だけで作れそうな気もする.あ,あと僕は特殊だったけど,ふつうはこれに加えてキーボードケースも何らかの方法で入手する必要があるな.

秋月電子千石電商は通販もやってるみたいだけど,僕が買ったのは秋葉原にある実店舗.秋月電子千石電商に足を運ぶついでに,秋葉原から歩いて行ける自作キーボード専門店 遊舎工房 にも寄ってみたり.

f:id:Hash:20191019174651j:plain
遊舎工房にて.どうしてキーボードはこうも俺たちの心を躍らせるのか

楽しい.

はんだ付けの素振り

そもそもはんだ付け自体がたぶん学生時代以来*10だしあのへんの所作 (?) がよくわかっていないので,いきなり貴重なパーツをダメにする悲劇を避けるべく,まずは安い工作キットを買って,なんとなく素振りをしておいた.

HiLetgo® 5個セット NE555 + CD4017 流水ランプ ライトLEDモジュール DIYキット 電子プロダクションスイート [並行輸入品]

HiLetgo® 5個セット NE555 + CD4017 流水ランプ ライトLEDモジュール DIYキット 電子プロダクションスイート [並行輸入品]

できた.

楽しい.

はんだ付け

まずは道具を買いましょう

何はともあれはんだごて.僕は一度よくわからん安いの買っちゃったんだけど,最初から白光 (HAKKO) の温度調節機能付きのやつを買ったほうが間違いないと思う.

白光 ダイヤル式温度制御はんだこて FX600

白光 ダイヤル式温度制御はんだこて FX600

  • 発売日: 2012/01/18
  • メディア: Tools & Hardware

はんだ付けは 270 ℃,はんだを溶かして除去する時は最高の 500 ℃でやっていた.以下,その他に僕の買ったもの.

以上の仲間たちを使ってはんだ付けしていく.

組み立て手順は何度も言及している Ergodox 公式サイト のほか,旧 Massdrop のページ がわかりやすい (archive だけど).まぁでも,実際の作業をイメージするためには動画がベストかも.

www.youtube.com

難しいパーツがある場合は ErgoDox Assembly Part 7: Soldering the MCP23018 I/0 Expander - YouTube この人のシリーズがいいと思う.個々のパーツをはんだ付けする手順を丁寧に解説している.

ダイオード * 76

最初のステップがダイオード付けなんだけど,最初の最初で「ダイオードの陰極・陽極」と「基板の表・裏」をちゃんと理解してスタートするところがちょっとハードル高い(気がする).

そもそもダイオードとは,という説明を Wikipedia のダイオード項目 から引用する.

アノード(陽極)およびカソード(陰極)の二つの端子を持ち(この用語は真空管から来ている)、電流を一方向にしか流さない。すなわち、アノードからカソードへは電流を流すが、カソードからアノードへはほとんど流さない。このような作用を整流作用という。

f:id:Hash:20200106040932p:plain
電圧をかける方向が反対になるとダイオードが電子を流さなくなる

つい先日会社で低レイヤー勉強会があり,ちょうど量子力学のバンド理論半導体,PN 接合ダイオードあたりを勉強した所なのでタイミングがよかった.

さて,まず実際のはんだ付け作業における「ダイオードの陰極・陽極」について.ダイオードを付ける穴は各キーの下部にあるんだけど,よーーーく見ると,はんだ付けの穴の周りの金属が「丸」と「四角」で微妙に差が付けられている.ダイオードのカソード(Cathode/Kathode: 陰極)側には黒線などで印が付けられているものらしい.

f:id:Hash:20191215223531j:plain
方向を間違えないようにメモ

f:id:Hash:20191217020950j:plain
ダイオードの黒い線がある側(カソード)を四角で彩られた穴に突っ込む

ところで,ダイオードには "through hole (足を基板にぶっ刺すやつ)" vs "surface mount (表面実装)" という区別がある.ダイオードにはというか,割とよくある分類っぽい.僕は深く理解せず through hole を選択したから足をぶっ刺して裏からはんだ付けする形で作業を進めたけど,surface mount の方が(ちまちまとして難しくなりそうだけど)すっきりまとまって良かったかも知れない *11

次に「基板の表・裏」について.未来の話をすると,ダイオードを付け終わったら基板をひっくり返すことになる.別の表現をすると,ダイオードより後のはんだ付けは,すべて「ダイオードとは逆側に付けていく」.だから右手用に使う基板であれば "LEFT HAND" と印刷されている側にダイオードを 38 個つけて,左手用に使う基板として "RIGHT HAND" とある面にダイオードを 38 個付けるのである.

f:id:Hash:20191217030904j:plain
これを 76 回繰り返す!

気合.ちなみに全キーにダイオードが必要な理由は Keyboard Matrix Help8. Getting Rid Of Ghosting and Masking に書いてる.

先に「ダイオードを付け終わったら基板をひっくり返すことになる」と書いたとおり,このタイミングで基板を裏返す.次の電子部品「抵抗」以降のはんだ付けは,すべてダイオードとは反対側にやっていく.

抵抗 (2.2k Ω * 2 / 220 Ω * 3)

ダイオード地獄を終えたら抵抗.こいつは楽チン.はんだ付けぐあいもちょうど良い.ダイオードづくしの中ですっごく爽やかな存在だ.

f:id:Hash:20191218223315j:plainf:id:Hash:20191218224520j:plain
これをこう

基板上,左側にはんだ付けされたやつが 赤・赤・赤 すなわち 2.2k Ω 抵抗で,中央と右側にはんだ付けされているのが 赤・赤・茶 こと 220 Ω 抵抗.

ここで一点,気をつけるべきことがある.先の部品リストで Short jumpers * 五本というものがあったのだが,You can also use the clipped off legs from your resistors とあるように,はんだ付けを終えた抵抗たちの足をパチンと切ったら,それを捨てずに取っておく.

そんなもん何に使うのかというと…

f:id:Hash:20191218233712j:plain
お前がジャンパになるんだよ!

見えるかな.切り取った抵抗の足を使って,左右基板 3.5 mm TRRS ソケット取付箇所のまわりにある白い丸で囲われたニ穴を連結させてやる.色んなことするんだな.

3.5 mm TRRS ソケット

じゃあ次は二穴連結によってお膳立ての終わった 3.5 mm TRRS ソケットをはんだ付け.

f:id:Hash:20200103201203p:plain
左右キーボード繋ぎ口なので両方にある

そろそろはんだ付けにも慣れてきた.

Teensy 2.0

Teensy 2.0 は Ergodox の頭脳であり,Ergodox を "programmable" にしてくれている立役者だ*12.Teensy 2.0 は ATmega32U4 プロセッサ が乗っている 8bit マイコンボードで,キー入力をコンピュータに送るシグナルに変換する.ATmega32U4 は Arduino シリーズの一部にも使われているものらしい.

Teensy のバージョン 2.0 は少々時代遅れだったりする?のか,入手経路が乏しくてちょっと困った.スイッチサイエンスは v3.x+ 系からしか売ってないっぽい千石電商にそれらしきパーツも見つけたが,確か Teensy 2.0++ だった.結局 Teensy のために Aliexpress アカウント作ったよ...

f:id:Hash:20200111034032p:plain
トゲトゲしたのは header pins.一緒についてきた

これをこうして

f:id:Hash:20191219200957j:plain
トゲトゲを合体させて自立させた様子

こう(はんだ付け)じゃ

f:id:Hash:20191219202105j:plain
ちょうど裏が I/O Expander 部分なのね

ところで Ergodox はメカニカルキーボードの一種である.メカニカルキーボードのメカニカルたる所以は,各キーが物理的なスイッチとして機能するところ,と理解している.知らんけど.すなわち,メカニカルキーボードのキーが押されて通電して,それが Teensy への入力 (I/O) として現れる.

でも,Ergodox のキーは全部で 76 個,片手でも 38 個.Teensy はそんなに沢山のキー I/O を受け取れるものだろうか?Teensy and Teensy++ Schematic Diagrams から,Teensy 2.0 のスキーマを見てみよう.

f:id:Hash:20200111132640g:plain
Teensy 2.0 のしくみ

右側の F0, F1... B0 と並んでいるところが I/O ピンのはずで,せいぜい 20 個かそこらといったところ.1 I/O を 1 キーに割り当てるためには全然足りない.

ここで Ergodox はどうしているかというと「組み合わせ」を使っている.Ergodox はキーの配置が独特だけど,配線としては片手あたり 6 x 7 のマトリックスで定義されている.6 x 7 の組み合わせでキーを特定するから,受け取る I/O としては片手 6 + 7 = 13 個の I/O を割り当てれば事足りる.先述の回路図で "ROW", "COLUMN" 系のラベルを繋いでやれば,以下のような図が現れる*13

f:id:Hash:20200111133151p:plain
Row x Column でキーを特定する

これで 6 x 7 (以下) のスイッチ ON/OFF を 13 個の I/O で賄うことが出来た.Teensy は受け取る I/O からプログラムにもとづいて,どのキーが押されているのかという情報を逆算することが出来る.

この"プログラム"が qmk_firmware であって,先に僕の GitHub レポジトリを例としてあげたように,勝手にカスタマイズしてビルドすることが可能.ビルドされたファイルは Teensy Loader というアプリケーションを使って Ergodox に送り込むとラク.その後 Teensy 2.0 上の物理的なボタン (リセットボタン) を押すと,送り込んだプログラムが有効になる.

右手はこれでいいが左手はどうするの,という疑問が浮かぶかも知れないがそれは後で.

USB mini B の工作

これが意外な難所.本件のゴールは単純で,はんだ付けの方向の都合上 Teensy に付いてる USB mini B の口がキーボードに対して「ヨコ」を向いちゃうので,ケーブルを継ぎ足して「タテ」というか上っかわに口を開けたい,というだけのもの(と理解している).

f:id:Hash:20191219202414j:plain
mini B がぜんぜん mini に見えないサイズ感

ところが単純に mini B ケーブルを突っ込むと,上の図からわかるように,もう根本の"持ち手"だけでサイズオーバーしてしまう.だから...

f:id:Hash:20191219202518j:plain
ケーブルぶった切って

f:id:Hash:20200111040530p:plain
ほぐして

f:id:Hash:20191223045417j:plain
ニッパーでひん剥いて

f:id:Hash:20200111041341p:plain
はんだ付け!

あとは...

f:id:Hash:20200111040914p:plain
USB mini B の受け口をはんだ付け

最後の USB mini B の口は穴にぶっ刺してはんだ付けする必要があるので「基板実装」型じゃなくて「through hole」型を選ぶこと.以上.電子工作に慣れていないこともあってか,このフェイズが結構面倒だった*14

MCP23018-E/SP I/O Expander

さて次は I/O Expander だが... 僕はこれの存在意義が今ひとつピンとこなくて,ずっともやもやしていた.でも今回組み立てを機に調べてみて,なんとなく自分なりに腑に落ちたので,ちょっと整理してみようと思う.

右手キーボードには Teensy 2.0 がいて,キー入力をシグナルに変換してくれていた.右手側のキー入力をわずか 13 個のピンに繋ぐだけで捌き切ることができた.ありがたい.でも左手はどうするの?という疑問が宙ぶらりんになっていた.左手のキー入力は誰が面倒を見てくれるのか?左手にももう一個 Teensy 2.0 を配置する?それとも,全キーからの出力を何本ものケーブルで右手側に繋ぐ?...どれもうまくない.そこで,ヒーローの如く颯爽と登場するのが MCP23018-E/SP I/O Expander である.

僕は Teensy 2.0 を右手側の基板にくっつけた.一方で MCP23018-E/SP I/O Expander は左手側にある.これは偶然ではない.

MCP23018-E/SP I/O Expander のデータシート から仕組みを読み解いてみよう.まず MCP23018-E/SP の E は temperature range であり,E = -40°C to +125°C を表す./SP は Package を示しており,SP = Skinny Plastic DIP (300 mil Body), 28-Lead だそうだ.SPDIP package とも記載される.アーキテクチャとしては MCP23018 の箇所だけ気にすればいい.以下の通り.

f:id:Hash:20200114224704p:plain
MCP23018 アーキテクチャ

大切なのは,Open-drain と記載されている右側の「GPA0-GPA7, GPB0-GPB7 の計 16 本」と,I2C と書かれているボックスから出ている「SCL (Serial Clock Line), SDA (Serial Data Line)の 2 本」.MCP23018-E/SP I/O Expander を使うと,最大 16 の GPIO (General Purpose I/O) を,わずか 2 本の SCL, SDA ラインで読み書きすることが出来るようになる.16 I/O あれば Ergodox 片手分である 6 + 7 = 13 本の I/O をカバーできる.これで左手 38 キーを賄う I/O 13 本をわずか 2 本に集約して,I2C と呼ばれるシンプルなプロトコルTRRS を介して「右手側 (Teensy が存在する側)」に送ることが出来る.だから,PC から Teensy の存在する右手側のみに USB ケーブルを繋げば,両手分のキー入力がゲットできるという戦略なのでした.

そして各ピンの名前.

f:id:Hash:20200114230838p:plain
MCP23018 各ピンの対応

というわけで,MCP23018-E/SP I/O Expander をはんだ付けしていく.

f:id:Hash:20191218224934j:plain
予備含めて 2 個買ったの忘れてて開封時に「えっ長」ってなった

f:id:Hash:20200103191104p:plain
印字が上下逆さまになる向きが正しい

ところで,MCP23018-E/SP I/O Expander では,上の画像の黄色で囲った 3 穴だけ穴の周辺にはんだ付けする金属部分がない. これどうするの? と迷ったけど ErgoDox Assembly Part 7: Soldering the MCP23018 I/0 Expander - YouTube を見ると飛ばしていいらしい.INTA, INTB, NC を利用していないっぽい.

次に,MCP23018-E/SP I/O Expander の謎の場所にセラミックコンデンサキャパシタ)を追加する.

f:id:Hash:20191218231327j:plainf:id:Hash:20200103194645p:plain
これをこうじゃ

参考に General Purpose I/O: How To Get More | Hackaday らへんを読んでいると,カウンターチップ CD4017 が言及されている.これは,先の "はんだ付け練習台" として作ったおもちゃに使われていた電子部品だ."CD" は CMOS Decade counter IC の冒頭から来ている.閑話休題コンデンサキャパシタ)は電荷を蓄え安定させる電子部品(ref: コンデンサとは? | 村田製作所 技術記事).何故 I/O Expander のこの足にくっつけるの? 先の足の配置と対応させると何か見えるかなと思ったが,これもともと裏側で Teensy のはんだ付けに使われてた穴だし何の意味あるのかよくわからない.電圧を安定させる効果があるらしい,というところまでしか理解できていない...

ケースをめぐる困難・分解編

さて.基板にパーツをはんだ付けして作っていくのはいいが,最終的に剥き出しのまま使うわけにも行かない*15.キーボードケースが必要になる.実は Ergodox GitHub レポジトリにはキーボードケースの設計図も入ってるから,これをどうも 3D プリンタで出力すればケースが出来上がるっぽい.

僕の場合は幸いというか何というか三年半使ってきた旧 Ergodox EZ のケースがあるので,これを流用すりゃ楽勝じゃん,と.

これが地獄の始まりだった.

ネジを外して分解していっても,一向に古い基板がケースから外れてくれない.よくよく構造を観察すると,下から「基板 - ケース - キースイッチ」の順になっていて,キースイッチでケースの枠を挟み込んではんだ付けされている.つまり,全部の取り付け済キーのはんだを一個一個溶かし(desoldering)て基板から取り外し切らないとケースがフリーにならない.まじかよ.

というわけで...

f:id:Hash:20191217235533j:plain
はんだ吸い取り器でキーを外して行く

f:id:Hash:20191218005516j:plain
うおー

最初は goot はんだ吸取り線 CP-30Y を使っていたんだが,吸い取り器の方が効率良かった.はんだごてで溶かしたところをすかさず吸い取る.単にバネじかけで空気を吸っているだけでけっこうギミックがチャチだから,数をこなすと割とすぐヘタる.

無駄に時間をかけて全キーを desoldering,ケースを入手.

f:id:Hash:20191218011312j:plain
分解完了

一番簡単と思っていたケースの分解が一番大変だったという.まるで人生のようだ.

ケースをめぐる困難・合体編

ケースが分解できたらあとは被せるだけ... と思いきや,いくつか問題に遭遇.どうやら Ergodox EZ はオープンソースの PCB ボードをそのまま使っているのではなく,たぶん組み立ての効率のためだと思うが,いくつかカスタマイズしているようだった.

f:id:Hash:20191224161823j:plain
Ergodox EZ,地味にカスタマイズしてる

たとえば↑のような違いがある.ケースを被せると出っ張りがぶつかったりするので

f:id:Hash:20191224155709j:plain
ケース被せるとぶつかる

これを削ったり,

f:id:Hash:20191224155841j:plain
出っ張りを雑に削った図

f:id:Hash:20191224155922j:plain
よしハマった

ケースの穴が Teensy RESET 物理ボタンの場所からずれていて,

f:id:Hash:20191224161759j:plain
Teensy RESET スイッチが押せない

はんだごてで開通 (& カッターで削る) したり.

f:id:Hash:20200115001510p:plain
プラスチックの焼ける匂い

色々苦戦しましたが,なんとか収まる.

キースイッチ

ようやくクライマックス.僕は Cherry MX 赤軸 が好み.

f:id:Hash:20200115002744p:plain
Cherry MX 公式サイトより

こいつを下から「基板 - ケース - キースイッチ」の順になるようにケースを挟み込んでぶっ刺して,はんだ付け.76 キー全部!

f:id:Hash:20191224160706j:plain
台にされるタネンバウム先生の本

f:id:Hash:20191224161027j:plain
よこから

f:id:Hash:20191224160842j:plain
キースイッチと基板でケースをはさむ

f:id:Hash:20191224182416j:plain
キースイッチをはんだ付けした様子

ゴールが近いのと,キーをひとつひとつ付けているという実感から楽しさがマックス.

f:id:Hash:20191224184346j:plain
どんどんいくよ

f:id:Hash:20191224193423j:plain
できたああああ!

いえーい

ジグソーパズルのキーキャップ

キースイッチがついたので,この時点で USB ケーブルを接続して,ちゃんとキー操作が検知されることを確認.おk.

いよいよ最後はキーキャップを被せていくだけ.無刻印を選んだので,どのキーがどのキャップかわからなくてほぼジグソーパズルでしたね.

f:id:Hash:20191224200324j:plain
ここまではわかる

f:id:Hash:20191224201803j:plain
横一列の高さをあわせて...

完成!

f:id:Hash:20191225151315j:plain
やったぜ

いまのところ問題なく動いてます.なんか嬉しい.

いじょ

途中でけっこう語るべきことは語ってしまったのでシメに書くべきことは特段... まぁ,ぼくも社会に出て働き始め 2020 年でまる 10 年になります.早々に世界からフェイドアウトするかと思いきやしぶとく楽しく生きています.やっていきましょう.

*1:自作キーボード設計入門 は僕も買わせていただきました.KiCad の使い方なんかは特に参考になった

*2:先述の公式サイト 2.2 ASSEMBLY GUIDE が一応公式なものになるだろうか

*3:まぁ別に C の知識は必要ないけど

*4:でも最低発注枚数が 5 枚だったので,左手と右手に使ったあと 3 枚余ってるんだよな

*5:秋月電子に MCP23017 はあったが MCP23018-E/SP がない

*6:標準 Ergodox レイアウトだと 76 個だと思うんだけど,公式ページでは 76-80, depending on your layout との記載.80 個使うレイアウトもあるの?

*7:Not strictly necessary but suggested

*8:FC68129 will also work if its extra pins are snipped off

*9:Ergodox EZ は台湾からの発送となり,送料無料.ありがとう台湾

*10:大学院時代に生体分子の質量計測器を自作する研究室にいたのでちょっとだけやった記憶があるが,もうその前といえば中学校とかに遡ってしまう

*11:Ergodox EZ を分解してみたところ surface mount タイプのダイオードでした

*12:たぶん

*13:図は https://kandepet.com/dissecting-the-ergodox-the-ergonomic-programmable-keyboard/ より拝借

*14:ニッパー捌きに自信がないから予備のために無駄に mini B ケーブル買っちゃって余ってる

*15:こんなふう引用元)に裸で使うのも,それはそれでカッコ良さそうだけど

なぜ何もないのではなく何かがあるのか

書きたいことがない.書きたいことはあるが,それをテキスト化のフローに載せていくことが出来ていない.というわけでこれは無理矢理に文章を出力する試みである.軽く 2000 字を目処に.

一つの思想の真の生命は,思想がまさに言葉になろうとする地点に達するまで持続するにすぎない.その地点で思想は石と化し,その後は生命を失う.だが化石化した太古の動植物のようにその思想は荒廃を免れる.我々は思想のつかのまの生命を,まさに結晶せんとする瞬間の結晶体の生命に比することができる.

ショーペンハウアー読書について』 p.38

仕事ではめっきりコードを書く機会が減り,自然言語を書いている.技術職ではあるが,それを道具としながら日本語と英語を読み書きして人間と社会をやっている.英語はもっと喋れるようになりたいな.論理と自然言語を装備して正論と事実で殴ることのできる今の仕事は案外性に合ってるとは思うが,コードを書いてものを作り続けている人はほんとうに尊敬に値する.

仕事が楽しいのでわりと社畜っぽい働き方をしているが,IT 業界の闇みたいな辛い話がない職場で待遇的にもかなり恵まれているとは思う.現世に楽園は存在しないんで嫌なこともあるが総じてな.成果測定の難しいことをやっているので,給料分はチームの役に立っていることを願う.

学生時代から得意とする絨毯爆撃的な学習を日常業務に活用する方法が自分の中でようやく確立できてきた気がする.この方法を人間的やっていきの瞬発的飛び道具と組み合わせ,いくつかそりっどな成果を得ることが出来た.1000 ページあるドキュメントを片っ端から読んでいったりする人間は少なく,知識獲得そのものにモチベーションを感じて継続できるというのは社会全体から見るとレアな方の気質であるらしい (エンジニア職はそういう気質わりと多いような気もするけど).ともあれ,そういう偏執的な姿勢は使いようによっては社会でも役に立つらしい.院を出て就職したばかりの僕に聞かせてやりたい希望のある話である.しかし油断はできない.この世に慈悲はなく僕自体に価値はなく油断をした瞬間に死ぬことは確定的に明らかである.

もちろん偏執的なだけでは社会をやっていくことが出来ないため,人間とのコミュニケーションにおいては基本的な論理を使って丁寧に事実を整理してみる.整理した論理を言葉に落とし込んで理解のポイントをすり合わせようと試みる.そもそも人間の頭脳は基礎的な論理 (とくに因果関係) プラットフォームに乗りやすいようには思う.

つい先日 「異世界からきた」論文を巡って: 望月新一による「ABC予想」の証明と、数学界の戦い « WIRED.jp なんて記事を読んだりもして,"人間の頭脳の程度がだいたい全部同じくらい" とはとても主張できないのだけど.僕もできることなら天才になりたかった.元々ものごとの理解力が格別優れているわけでもなく,むしろとんでもなく基礎的で誰も見向きしないような場所の石ころに躓いていつまでもそこで途方にくれているような頭脳でしかない.

閑話休題

『生命・エネルギー・進化』

突然ですが最近読んでよかった本の紹介です.

ニック・レーンによる『生命・エネルギー・進化』という本で,原題は “THE VITAL QUESTION – Why Is Life the Way It Is?".著者がかつて『ミトコンドリアが進化を決めた』で展開した論をさらに先へ進めたもの,っぽく,より汎用性の高い語り口として "進化には実は,生命のきわめて根本的な特性の一部を第一原理から予測できるようにする強い制約 – エネルギーの制約 – があるということ” を主張する.

とくにこの制約が顕著に感じられるのは我々真核生物という “異端” においてである.細菌も古細菌も,その化学・遺伝的特性の吹っ飛び方からは考えられないほど,見た目にはほとんど同じである. “まるでそこに内在する物理的制約が原核生物を複雑な形態に進化できなくしているかのようで,その制約はなぜか真核生物の進化では解かれたのである” (p.57) … こうした謎を提起しながら論をすすめる本書はある種推理小説的というか,謎解きの楽しさを与えてくれる.まぁ謎解きというか著者に導かれて"謎の解かれていき" を見ることになるわけだが,そこらへんの事情は推理小説でもさほど変わるまい.

生命 (life) とは何か,ではなく,生きている (living) とは何なのか.生化学畑の学生であったこともあり実に楽しい読書体験であったと言える.

ひそむもの

仕事と生活にある程度の安定感が出てくると,この先どうするという思考が仄暗い水の底から浮かび上がってくる.いまググって知ったけど仄暗い水の底からってパチンコになってんのか頭おかしい.人生でやりたいことはいろいろあるが,僕は本当に人生の進捗が遅く遠回りばかりで,ぐるぐると何かの周りを歩き続ける以外にこれといった存在の使い方もしていないように思われる.

そうしてぐるぐると歩いているうちにある程度は身の程を知ってしまい,自身の無能と現実の現実たる現実に打ちひしがれているうちにぐるぐる回っているときは見えていたはずのものがいつのまにかひどくぼんやりとして来て,視界不良と幸福の定義に悩みながら新しい火薬を手札に加えるべく周回ルートを外れてあてどなく生きていく以外に何も

それはぼくの思いすごし 悪いことばかり思いつく いつもの日曜日の午後

スガシカオ「日曜日の午後」

語り得る時に語るのではなく、語られるべき時に語るべきだ。


語るべきではないときに語ってしまうことは大いなる機会の損失であり、致命的な失敗でもある。

既に語られたストーリーは改修することはできない。どんな手を尽くそうと、いかに知恵を絞ろうと、いかなる幸運に恵まれようとも、投げ出したストーリーは決して己の内に戻り来ることはない。あなたのストーリーは、もはやあらゆる意味で失われてしまったのだ。


ストーリーを語る能力は人間固有のものであり、かつすべての人間に備わっているとは限らない貴重な才能でもある。それが故に才能はそれ自身を拒絶し、ストーリーを語ることのできる人間は、僕の知る限り100%近い確率で潰し合う。
同じ時間同じ場所、二つ以上のストーリーが存在する場合、当然の帰結としてストーリーはぶつかり合う。ストーリーは傷つき、失われる。
この悲劇が起こるのは、人間の作り出すストーリーというものは本質的に断片として存在することができないからであって、いかに断片的に語られたかのように見えるストーリーであっても必ずそれ自身完結した世界を有している。世界が二つあればそこに矛盾が生じるのは自明の理だ。

才能は世界を生み、故に才能は拒絶する。

この事実は人間が偏在する現代に至るまで、揺るぎなくそこに有る。


したがって、ストーリーは語り得る時に語るのではなく、語られるべき時に語るべきだ。


基本的に人間の想像能力は無限であり、いかなるストーリーを想像することもできる。ただし創造能力を遺憾なく発揮するはずの自意識には二重三重の悪意を持った鍵がかけられ、錠前は錆び付いている。
無限の進化は死それ自体と何も変わるところがない。死を先のないことと見るならば、あることが定められた"先"は"死"と何も違わない。


本当に正しいと信じてなどいないもののために何かを生み出さなければならない屈辱。先に何かあると心から思ってなどいないくせに、自分を欺かなければ倒れてしまうが故に防衛本能として入念に隠し通された憤り。
抑圧された自己はいつか必ず不整合を起こし、そして欠けた自己自身を取り戻そうとする。ひとの心はバランスを取るようにできている。



誰か人様のフィルターにひっかかって、カスれて薄くなったやつを拾うことしかできなくて、それでも拾えるだけマシだなんて思って拾って食らっていたりすると、そのうち「まぁ悪くないんじゃね」ということになって、イングソックの省庁食堂よろしくホンモノの味を忘れ去ってしまう。


ホンモノの味を忘れたフィルターは認識にへばりつき、時には誰か他人のフィルターをも汚染する。媒体の影響力が強ければ強いほどタチが悪い。
フィルターを通されたファクトは、純粋なファクトとしての扱いを受けることができない。ところで純粋なファクトなるものは本当に存在するのだろうか?人間の認識を経由することなく存在が保証されるイデア的存在を、この21世紀に心の底から信じられるとでも?

ちなみに人間は基本的にその生物的存在として何も変化していないし、だからこそ哲学者という存在はアリストテレスから2千3百年経過した今も無くなりはしない。なお一般に「哲学者」と呼ばれる者は「1. 哲学を研究する学者」と「2. 哲学する者」の二種類に分けられるが、ここで言う哲学者とは後者の意味に限られる。


フィルターに嫌気が差したら、ただ何が出てくるのかを楽しみにして、すべて投げ出してみるのも良い。投げ出すことは放棄することに同義であるとは言えない。正当に投げ出したものもあれば、投げ出すことによって前に進むものもある。正しさを規定するのは愚者の所行である。


ものの見方の方向性が固まってしまうととてもつまらないことになる。


つまらないという感情は心の生み出した警報装置だ。そういった場合には、おまえらつまんねぇよ、とただ一言投げてやりさえすればいいわけで。実は他に何も必要ない、何も欲していないことがほとんどだ。戯言は防御壁で、暴言はオブラートで、諦念はすり替えで、美辞麗句は偽物だ。

つまんないという保証・同意、何よりつまらないという感情は本当に「存在する」という確信を持てないがために、悲劇へと埋もれ失われゆく才能があまりにも在りすぎている。


橘玲氏はかれの著作の中で、人と人ならざる者を隔てる境界は「ゴミを喰らうか否か」であると語った。文化的存在としての最後の自尊心。社会的生物としての最終防衛ライン。僕らは、正確に言うと僕らの大多数は、ひょっとするとすでに山盛りのゴミの中に手を突っ込んで、少し蕩けた肉の切れ端を口に運んでいる。


http://www.alternativeconsumer.com/wp-content/uploads/Other_Authors/patrick1.jpg

内定をもらった学生が入社前にやっておくべきたったひとつのこと


遊べ。以上。



あっ、嘘です、すいません石投げないで!マジメに書くから!


「入社前にやっておくべき事は何ですか?」


内定者が社会人(場合によっては入社予定の会社員)に対して提示する質問のテンプレートとも言えるのが、表題の

「入社前にやっておくべき事は何ですか?」


だろうと思う。僕も聞いたし(入社する会社の人ではなかったが)、逆に学生から聞かれたこともある(これまた所属する会社とは関係なかった)。
みんな不安だし、失敗したくないと思っている。いくばくかのやる気はあるし、そのやる気を振り向ける先を捜している。やる気を振り向ける先を見つけ、周りに対してアドバンテージを取りたいと思っているのかもしれない。あるいは自信がなく、先が見えなくて、戸惑っているのかもしれない。

やりたいことがわかりません!とか言う人もいるが、気にすんな。そんな簡単に見つかりゃしねぇよ。


さて、意図はどうあれ、僕はこの種の質問は嫌いじゃない...いや、むしろ好きだ。下手をすると安っぽいテンプレート回答*1に成りかねない、簡潔かつデリケート、それでいて回答者の哲学が試されているような、興味深い質問だと思う。


学生が「学生の内にやっておくべき事はありますか」と聞くとき、本当に知りたいのは、一般的な答えではないと僕は信じる。そうではなく、学生が知りたいと思っているのは、その人の個人的な意見、偏見、主張、個性なのである。

それ故に、学生からこの種の質問を受けたときは、それなりに考えて返答するべきだと思う。逆に、学生が社会人にこの種の質問を投げかける時は、ちゃんと考える時間を与えてあげて欲しい*2



この記事では「入社前にやっておくべき事は何ですか?」という問いに対して、僕がそれなりに考えた結果を提示したいと思って書いた。しかし結論だけにフォーカスするのではなく、よくある回答例に対する僕の意見を展開しながら、徐々に「Hashが(今の時点で)しっくり来る回答」へと進んでいくとする。


こんてんつ

  • 「入社前にやっておくべき事は何ですか?」
  • 「社会人は遊べないが、学生は遊べる」という真理
  • 「学生の本分は勉強」の欺瞞
  • 「入社する会社で働く」という無意
  • 「記録を以て不完全を知る」

「社会人は遊べないが、学生は遊べる」という真理


実は最初に書いた「遊べ」という一言も、あながち間違っちゃいない、、、と、僕は考える。少なくとも真理の一端を端的に表している。その真理とは、極々単純化・極論化してしまうと


「社会人は遊べないが、学生は遊べる」


というものである。この誤解を生みそうな一文にはそれなりの注釈が必要だろうが、この文章は学術論文でもなければ対話ですらなく、そもそも元来そんなことする義理もありゃしねーので適当に脳内補完をお願いします。


さてこの「社会人は遊べないが、学生は遊べる」という幾何かの真理は、元を正せばより広範な概念へと拡張できる。すなわち

「学生の内にしかできないことをやれ」

より汎化して
「今しかできないことをやれ」


という概念へと拡張可能であり、特に最後の概念は、今現在も僕の行動規範のひとつになっている。



しかしここに大問題、不可避な障害が発生する。学生の内にしかできないことを学生の内に見つけ出すことは容易ではない、という単純極まりない事実だ。耳障りの良い言葉の真意をよくよく考えてみれば、それは、未来を見通せと要求されているに等しい。

「学生の内にしかできないこと」は、「学生」という肩書きを失ってから「学生時代」を俯瞰することによって初めて浮き彫りになるものであり、いくら先人の言葉を聞いても、腑に落ちて理解できる類の思考ではないのである。


「学生の本分は勉強」の欺瞞


もちろん学生が学生の内にしかできないことの最たるものは「勉強」であり、これは学生の本分でもある。しかしそんなことはみんなやっている*3。勉強が忙しいとか「レポートが...」「試験が...」とか、そんな理由で他のすべての機会をドブに捨てるなんざ阿呆のやることだ*4。それだけでは、つまらん人間になってしまう。


本質はここだ。みんなやっているレベルを超えた「勉強」を実践するには、只の学生であるだけでは"足りない"のである。


要するに「入社前に、学生のうちにやっておくべき事は何ですか?」という質問に対する「しっかり勉強しろ」という回答も、回答として十分な堅実性を備えている。しかし問題は、周りからひとつ図抜けるだけの「勉強」、「何をしてきたの?」という質問に対して胸を張って「勉強」と応えられるだけのQualityとQuantityを、あなたは実現できますか、という話だ。これに胸を張ってYesと応えられるなら、何も言うことはない。企業はそうした専門型の学生を一定数求めている事は確かなので、自信を持って勉強に打ち込めばいい。


少なくとも僕は、この自問に「Yes」と応えることが出来なかった。



「入社する会社で働く」ことの無意


「入社予定の会社でアルバイト・インターンとして働く」


という選択肢がある。自由度の高い企業や規模の小さい企業は、学生のこういった提案を受け入れてくれる土壌を持っているところが多い。中にはほとんど社員と変わらない時間を会社で過ごす人もいる。


前もって環境に入ってしまうことで社内の雰囲気が分かるし、同僚と打ち解けられるし、具体的な技術や知識を身につけることが出来る。そしてより魅力的なことに、ここで得た技術や知識は決して無駄にならない。

僕の正直な意見を言ってしまうと、入社予定の会社で働くことは、仕事の役に立つ*5というか、唯一これだけが、直接仕事の役に立つ*6


ところが、ここで根本的な疑問が発生する。


「でも、それ、入社してからでよくね?」という素朴な疑問である。


つまり、僕の意見はこうだ。仕事ができる社員になるために極めて有意義な「学生のうちから入社予定の会社で働く」という選択肢は、何のことはない、ただ単に「一足早く社員になる」というだけの話だったのだ。

早く社員になるだけであって、内定者がやるべきことではない。この選択は学生であることそれ自体の価値を完全に放棄しているし、意地悪な見方をすれば、学生であることに自分自身で価値を見いだせなかったから、上から意味を与えてくれる社員になりたい、という「俺なんも自分で考えられません」宣言であるとも考えることが出来る。


すなわち冒頭の質問に立ち返れば、

「入社前にやっておくべき事は何ですか?」
「入社しろ」


という意味の分からない禅問答になってしまうわけだ。こいつは、いただけない。

せめて、意欲と時間があるなら他社で働いた方がまだマシだ。最初からひとつの会社しか知らないと、盲目的になる。画一化は観念的な死である。そうではなく別の会社を経験するならば、入社する会社を立体的、客観的に見ることが出来るようになる。 つまり、自分の中に比較対象を持つことができるのである。


「記録を以て不完全を知る」


いよいよ僕の主張の核心に近づいてきた(長ぇよ)。 いくつか回答例を挙げてみたが、正直、学生時代にコレをやっておけ、というものはないと思う。そこはそれ、個々人の価値観だ。世界の各所を放浪したい人も居るだろうし、インターンやらアルバイトに熱心な人もいる。研究が面白くて面白くてたまらない人も居るだろうし、完全な趣味人にジョブチェンジする学生も何人か知っている。

いろいろ志向はあるけれど、僕の偏った視点に基づいて大多数の内定者に薦めたい*7のは、


「記録しておけ」


ということだ。これが僕の回答である。

Methodologyはどうでもいい。只僕は、視点は多い方が良いと判断したから(そして不特定多数に自分の思考を晒すという露出狂の快感に目覚めたから)ブログにいろいろ書いていただけであって、誰もが僕と同じ方法を取るべきであると主張しているわけではない。僕のようにWeb上に晒け出しても、Digital媒体で保存しても、紙に書いてそっと閉まっておくのでもいい。文章じゃなくたって、写真に取って視覚的に定着させるのも楽しいし、ひたすらいろんな人と交流して、"記憶の数"で稼ぐのもアリだ。ロバストネスとリダンダンシーである。


Methodsのひとつとして、シューカツ特有の「自己分析」なる道具を使うのも悪くないし、僕は高校の同級生に勧められて知った「絶対内定」という本がわりと好きで、今でも記録の視点の参考にしている(ちなみに僕が持ってるのは2008年度版だ*8)。


絶対内定2012―自己分析とキャリアデザインの描き方
絶対内定2012―自己分析とキャリアデザインの描き方杉村 太郎

ダイヤモンド社 2010-06-25
売り上げランキング : 3531


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



形はどうあれ、とにかく記録/証拠に残しておかないと、自分は昔から何でも知っていたという傲慢を招きかねない。記録によって、自分の不完全性を自覚することができる。今どれだけ情報を集めて、どれだけ思考を深めたつもりであっても、将来の現実を予測できる可能性はとてつもなく低い。

しかし記憶のみに頼ってしまうと、予測が外れても外れた予測のみに注目して「運が悪かった」なんて思っちゃったりして、予測を外した自分自身の"あてにならなさ"を、意識の外に追いやってしまう危険性がある。


記録が重要性を持つのは、人間の記憶というものは本当に当てにならないからであり、これは僕の信念の一つでもある(なんというか、後ろ向きな信念だ)。
繰り返すが、僕は確信を持っている。自分の記憶を信頼すべきではない。記録を使え。人間の記憶なんてのは、アテにならないものだ。いや、アテにならないどころか、都合の良いようにそれ自身を自動的に再構成する、抜け目のない詐欺師と疑ってかかるべきだ。

仮にある人間が、一つの罪を犯したとすると、その罪は、いかに完全に他人の眼から回避し得たものとしても、自分自身の『記憶の鏡』に残っている、罪人としての浅ましい自分の姿は、永久に拭い消すことができないものである。これは人間に記憶力というものがある以上、やむをえないので...

この記憶の鏡に映ずる自分の罪の姿なるものは、常に、五分も隙のない名探偵の威嚇力と、絶対に逃れ途のない共犯者の脅迫力を同時にあらわしつつ、あらゆる犯罪に共通した唯一、絶対の弱点となって、最後の息を引取る間際まで、人知れず犯人に付纏ってくるものなのだ。

...しかもこの名探偵と共犯者の追求から救われ得る道はただ二つ『自殺』と『発狂』以外にないと言ってもいいくらい、その恐ろしさが徹底している。世俗にいわゆる『良心の呵責』なるものは、畢竟するところこうした自分の記憶から受ける強迫観念にほかならないので、この強迫観念から救われるためには、自己の記憶力を殺してしまうより他に方法はない...ということになるのだ。

(『ドグラ・マグラ (下) 』, p.270)

外れた予想と記録の揺るぎなさ


僕自身、学生から社会人になって、予想していたものと全然違って驚いた。いや、僕の予想が浅すぎて薄すぎて、その甘さといったら吐き気を催すほどであった、と告白した方が正しい。

「大企業でしかできない経験」というものは、確かに存在するのだろう。大きな仕事をやろうとすればするほどチームで働くことが重要になってきて、その一員としていかに貢献するか、どうすれば最終的に成果を出すことができるか、という点を学ぶことができるはずだ。社会人の初めにそういった「型」を身につけるのは確かに大切なのかもしれない。僕も最初はこの考えだった。つまり外資大企業で基礎を築いた後、ベンチャーに行こうと思っていた。

しかし、ここで一つ問題がある。「大企業で働くうちに、悪く言えば"洗脳" されてしまい、次に向かって動けなくなるのではないか」という可能性だ。

"新卒は外資の大企業"と思っていた僕が最終的にベンチャーを選択した理由 - ミームの死骸を待ちながら


否、ベンチャー企業においても洗脳は存在する。洗脳というと聞こえは悪いが、順応と言うと正当に聞こえる。要するに自身を環境に適応させて効率化を図ろうとする意志であり、人間が「適応」しようとするのは、身体の奥底に染みついた、生き残るための本能のようなものなのだ。

着実に手を広げている話を聞いて興奮する。中国に開発チームを持っているのだけど、ひょっとしたら、中国に限らず新興国にぶっとばされるかもしれない。というか、ぶっとばされて追い詰められたい。

内定先が素晴らしすぎる件。または、自分自身が居るべき場所を確信できた人間は強い - ミームの死骸を待ちながら


はい残念。現在ぼくは普通に日本で働いている。えーそんなの普通じゃん。

そう、普通なんだよ。この事実からわかるように、僕が当初想定していたよりもこの会社は「ちゃんとした会社」である。それでいて、色々とカオスであったりもする。ベンチャーと「ちゃんとした企業」の特徴を持っているため、よく言えばダブルでうま味があり、悪く言えば中途半端、だ。

ついでに言うとこのへんの「どっちつかなさ」から何を得るかは自分次第だと思っているので、別段不満があるわけでもないし、選択を後悔しているわけでもない。完全な会社はないことは了承済みだ。完璧な絶望が存在しないようにね。ただ僕はきちんと現実を飲み込み、その上で理想を掲げないと、潰れて溺れて埋もれてしまう。何事も自分次第だと、僕は信じる。



記録によって理想と現実の違いが浮き彫りになった。ところが、僕は僕自身の選択を微塵も後悔していない。この一点に限っては自分を誇っていいかも知れない。


まとめる。


本題に戻ろう。まぁ、というわけで僕の意見は「記録を残せ」の一言に尽きる。
将来を見通したつもりで行動しても、どっかが抜けるし何かを忘れて、そしてどこかでヘマをする。人間、そこまで頭が良くないし、要領も良くない。たいていの人は。


僕は僕の意志で以て、現在の環境から吸い尽くせるだけのものごとを吸い尽くしてしまうつもりでいる。
吸い尽くしながら、僕はここに踏みとどまって、ちゃんと成果を出してみせる*9。そこに理不尽があれば解消しようとするし、機会があれば殺してでもうばいとる*10。そう思いながら、粛々と「出来ること」を拡大している最中である。
それもこれも、記録による不完全性の自覚のおかげである。いやと言うほどの不完全性の自覚が、僕をこの背水の陣に縛り付けている。


だからこれを読む内定者の人も、是非、残り少ない学生生活を有意義に過ごしてください。そしてもし気が向いたら、その有意義」の感情と事実を、ありのままに記録して、入社後に読み直してみてください。


そこに、何かあなたにとって大切な発見があるだろうと、僕は信じる。


大前研一の新しい資本主義の論点
大前研一の新しい資本主義の論点大前 研一 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2010-08-06
売り上げランキング : 185

おすすめ平均 star
star大前研一の選んだ世界のエコノミストの視点

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

非常識な成功法則―お金と自由をもたらす8つの習慣
非常識な成功法則―お金と自由をもたらす8つの習慣神田 昌典

おすすめ平均
stars成功の定義は人それぞれ
stars意外かつ、具体的な《スキル》が最大の魅力です。
stars「非常識」な理由は大企業勤務のビジネスパーソンの「常識」とかけ離れているから
stars成功本の"きれいごと"に疑問を感じている方へ
stars成功する方法はたったの2つ!

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:それこそ最初に挙げた「遊べ」onlyとかね

*2:質問を投げた後にいきなり答えを求めてじっと目を見つめるとかじゃなくて、適当な言葉をふらふらとやりとりしてプレッシャーを与えないように、相手が自分自身でしっくり来る答えを捜す時間を稼ぐ

*3:まぁ「みんなやってることをやること」に対しどう思うかは、個人の哲学に任せるしかないのだが。

*4:事実を言ってしまえば、一部の行動的な学生は掛け値なしに忙しいが、そういった人は得てして「忙しい」というワードを口にしない

*5:と、思う。ちょっとバイトはしかけたけど実際何もしてないようなもんだし

*6:正確には「役に立つ可能性がある」と表現するべきか

*7:残念ながら「全員」ではない。記録するためのコストを別の者に振り向けたいと思う人も居るし、記録それ自体が自身を縛る可能性をよく知っている人も存在するからである

*8:就活したのは2010年度生だが正直内容はほとんど同じ。2010年はちょっとカラーになってるくらい

*9:こうしてちゃんと大言壮語を吐かないと、日々の仕事に埋もれて理念を忘れてしまう

*10:元ネタを知らないと普通に物騒である

仕事上の達成感を得る至上の妙薬、自由意志。


弊社では四半期に一度、MBO (Management Buyout...ではなくManagement by Objective) の名の下に、上司との面談及び業務上の目標策定を行う機会が設けられる。いつのまにやら入社して3ヶ月が経過し(もう3ヶ月かよ!)(こんだけ濃くてまだ3ヶ月かよ!)、第二回目の面談が行われた。

そこで僕の訴えた問題(?)というか最近の懸念事項は

「やる気をもてあます!(意訳)」


というものであった(これはひどい)。

...有り体にいれば、張り合いがなかった。やる気はあるのだけど、それを振り向ける先を一時的に見失っていた(現在助走中のプロジェクトが本格化すると気持ちよく炎上できて氏ねそうな気配なんだけど、インターバル期間のようなところにいる)。前回の「壁」 はとりあえず乗り越え、Mezzanine(中二階)(中二病ではない)のような部分にいるのかもしれない。...という意図。


不足で満たされているという事実は頭では認識していても、密度の濃い状態に慣れた身体と心は、さらなる充実を渇望する。
欠乏を感じた時には二つの道がある。

  • 密度が薄まった仕事の代わりに、労力を別のものごとに振り向ける
  • 仕事範囲を拡張し、薄まった空間に新たな仕事を詰め込む


僕が選択したのは後者であった。真空を嫌うように仕事を探した。

わずか数ヶ月の会社働き経験から、僕は「責任」を持たないとロクに仕事しねぇことが明らかとなったので、できるだけ自分に責任が降りかかる形で仕事を引き受けるように振る舞った。

目前の選択肢に真先に飛びついて、あるいは関係のないプロジェクトに自分から志願して、また、「やる気をもてあまして」いるという、色々と甘い僕の訴えに応える様なタイミングで、噛み応えのある社内PJを上司から与えられ、僕が手伝うことと相成った(ありがとうございます)。


そして僕の手の中にはおもしろい仕事のタネがいくつか乗っかっている状態となり、斯くして「やる気をもてあます」状態は、わずか1,2週間の悩みとして終焉を迎えることとなった。

あとは、実践だ。これを僕はどう料理していくことになるのか、結構、楽しみにしている。

※ただし実践に伴う「性格上の不都合というかある種の不得手」も、実は今の時点で見えている。脅威が実現してはいないものの、そのうち実体化するであろうことが予測される。僕の次なる壁となるか、もしくは回避可能なウィークポイントという立ち位置に落ち着くのかは分からないが。



どんな仕事でもおもしろみを見いだせる!...とは言わないが(言わないのかよ)、おそらく僕が集めたプチ・プロジェクト*1たちから学べるであろうスキル/知識は、僕のこの先に繋がるであろうことが予測できる。先に繋がるという価値観は僕にとってホントウに意味のあるものだ。
もちろん、僕の関わり方次第、真剣度次第ではあるけど。


※既に、"新サーバーへのLinuxインストール及びセットアップ、ネットワークの設定"という仕事が (だいたい) 片付いた。「ネットワークは要するに決まり事とテキストファイルのコラボレーションであり、大したこと無いもんだ」と気付いた*2ことも収穫だし、OSガンガン入れたり消したりソフトウェアRAID設定したり、というあたりの実地経験がちょっと積めたことも大きい。実は"仮想化"の設定をもう少し突っ込んで調べたかった*3んだけど、流石に横道に逸れすぎだし、ということでここは"おあずけ"にしている*4


先述のMBOにおいてもうひとつ、「張り合い」を得るために、日々の仕事から小さな達成感を見つけ出そう、という課題も持ち上がっていた。

そこで僕は自分自身の仕事ぶりとそれに対する心の反応("張り合い"とは結局のところ精神状態だ)をよく観察してみたところ、ひとつの要素が浮かび上がった。僕が「張り合いがある」と感じ、達成感を得ることが出来るのは次の様な場面である。

僕は、あまりプロジェクトが終了したその瞬間には達成感を感じない(開発プロジェクトの最後ってイマイチ締まらないなぁ、という印象を持っている)。
それよりもむしろ、お客さんもしくは協力会社 -- つまり元来「仲間という前提」のない人 -- と、何かの面で(それは仕事上の話でもいいし、ちょっと踏み込んだ個人的な話でもいい)「同じ方向を向いている」と確信出来る出来事や経験、そういったものに達成感を感じる。
コンテクストは電話だったり、打合せだったり、メールだったりするが、とにかく「あー俺たち一緒に仕事してるぜ!感」といいますか、「相手は自分を人間として見てくれていて、人間としての自分が何がしかの役に立てているという確信」とでも言えましょうか。兎にも角にもそのような感覚が己の達成感を醸成している自分自身を発見したのであります。


知識が増えるのはおもしろいし、楽しいし、嬉しい。それでも僕は、ただ知識が増えるだけではやる気を励起できない。これは自分にとっても新発見だった。
僕は僕自身を知識大好き人間だとおもっていたし、確かに今でも変わらず好きだけど、
自分自身が仕事という文脈上に組み込まれ、いくばくかの価値/プラスの影響を提供できているのだなという確信が持てた瞬間も、同様に幸福感/達成感を感じるのだ。


この小さな発見を僕が僕自身の哲学上に組み込むことを試みるとすれば、
ひとが達成感を感じる源泉はすなわち、自分が"意志ある存在として認められた"ということであり、自分自身の自由意志がそこに含まれるか否か、という1ポイントに集約される。

人は誰でも「労働力」「頭数」「人的資源」としてではなく、人間として価値を認めてもらいたいと考えている。組織内での地位にかかわらず尊敬されたいし、個性や持ち味を評価して欲しいのである。
ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する, p.237)


「自由意志」に基づいた評価を求める会社人は、ただの単純作業であろうとも、可能な限り「俺はここにいる」という事実を知らしめようとする。

この種の仕事のやり方は、純粋な仕事の達成能力がない時期においてはリスクになりうるものの、仕事の「達成感」とそれに繋がる次の「やる気」をもたらす、汎用的な指標(ただし定性的)なのではないかと、今の僕は考えている。

人間意識はアイデア共有のために作られた。これはつまり、人間のユーザーインターフェイスは生物学的にも文化的にも進化で作られたと言うことだ。それは信念や計画を伝え合い、記録を比べるという行動上のイノベーションへの対応として生じたものだ。これは多くの脳を心に変え、そしてこの相互連結が初めて可能にした著者性の分散は、その他自然に対する人間のすさまじい技術的優位性の源であるばかりか、道徳性の源でもある。自由意志と道徳的責任の自然主義的な説明で必要な最後の一歩は、人それぞれに自分自身についての視点を与えるに至ったのが、どのような研究開発の結果だったのかを説明することだ。その視点という場所から、われわれは責任を取るのだ。

このアルキメデス的な場所の名前は、"自己"だ。

(自由は進化する, p.360, 強調引用者)

自由は進化する
自由は進化するダニエル・C・デネット 山形 浩生

おすすめ平均
stars自由意志論と進化論のつながりはまだまだ
starsわたしには難しかったっす
stars文体が評価を分けそう
stars自由意志って難しい
stars確かにトンデモナイ本

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:プチだと思っていたら以外と重くてヒーコラ言うのが世の常

*2:専門の人が見たら激怒しそうな理解である

*3:仮想OSのそれぞれにIP割り振ってごにょごにょする方法とか。

*4:我らがsotarokが書いてくれることを期待していたりいなかったり(無茶ぶり)

今、再び「最近"俺ってスゲー"と思ったことは?」と聞かれたらどう答えるか?


1年半ほど前にこんな記事を書いたことがある。

先日、とあるコンサルの個人面接で珍しい質問をされた。

「じゃあ、最近"俺ってスゲー"と思ったことは?」

思いつかず焦った僕は、最近まとめた去年の読書冊数を伝えた。質問に答えた瞬間社員さんの反応が「微妙」であることを悟り、しかるのち軽薄な自分を恥じた。

コンサルの面接で「74冊読みました」と言ったら「それは何がすごいの?」と返された - ミームの死骸を待ちながら


今日は、現在の僕がこの質問を投げかけられたとしたら、という視点で記事を書いてみる。就活の面接テクニックでもないし、コンサル的なロジカルさもないから、いまひとつスッキリした回答ではないが、とりあえず現在の僕の答えを記録する。


ただ、僕は今回上記の回答に対して記事として練った上で書くわけで、あの面接の時みたいにとっさに質問されたら、またやっぱり軽薄な答えを吐くのかもしれない。だから「今の僕ならどう答えるか」というタイトルはある意味不適切だ。まぁいい。



さて。


僕がシューカツ、もとい就活で学んだ大きなものごとはいくつかあって、そのうちの一つが

「自分の本心からではない言葉を吐くべきではない」

という確信だ。
もちろん、その他大多数の中から自分を浮かび上がらせるためのテクニックとして、レジュメの文章をちょっと工夫するなどという意向はアリだと思うが、面と向かって話す段階になると、これはもう素を出した方が良い*1


落ちるとこは落ちたけど、ちゃんと素を出した上で落ちた企業は、気持ちよく落とされることができたと思う*2


そういった前提の元、上述の


「最近"俺ってスゲー"と思ったことは?」


という質問を今受けたと仮定すると、僕の思考は以下の様に働く。

まず素の感情を暴露すると、僕はどうしても自己評価が低い。どうもこいつは性格の根底に根付いている思考であり、引きはがすことは不可能らしい。



という訳で、僕が日常の中で


「俺ってスゲー」


と本心から思うことは、ほとんど無い、と言って良い。

だから「面接においては素を出すことが一番」という前提の元で、あれから1年半経った今の僕が回答できる本音は


「ないです」


という一言で終わってしまう.....ことも有り得る。だって、実際ないのだから。


でもこれではあまりにひどいし、いくら本音とは言えまともな回答ではない。
でもまぁ大丈夫だ(何が。

現在の僕ならば、低い自己評価を晒した上で続く回答を提示することが出来る。そして、それが今回の本筋とも言える部分でもある。



根拠となるのは、他人の評価、しかも僕が尊敬する他人からの評価である。

ここ数ヶ月、(または思い返して)1,2年で、僕が「スゲー」と思っている人から「お前のここはスゴイ」と認められた部分が、いくつかある。

  • その一つは例えば(自分で言うと歯が浮きそうだが)「理想主義」な部分であったり、
  • 様々な活動に関わる「行動力」「フットワークの軽さであったり、
  • 「知らない他人と繋がる」適性(人見知りをしない性格)や土台(ネットでの知名度(?))であったり、
  • ブログやメール*3で発揮される「文章力」であったり、
  • 「空気を読まない*4」唯我独尊な性格であったり、


まぁ、そんなところだ。
ひとつ言っておきたいのは、僕自身は上記すべての項目について「ぜんっぜん大したことないです」と確信を持って断言できる。しかし、自己評価の歪んだ僕の視点を殺して他人の評価を冷静に並べてみると、それなりの人が僕に対して「スゲー」部分を認めてくれているらしい。
※もちろんこれらの長所は裏返せば弱みにもなり得る。



幸いにして、僕は人を尊敬することにかけてはなかなか高いレベルを誇っていると思う
結構、世の中の人は他人を簡単に馬鹿にするし、どうも僕が思っていた以上に「他人の価値を認める」という思考回路を、心の奥の方に仕舞い込んでしまっているらしい。


まぁ、斯く言う僕も聖人君子ではないのですべての人を尊重することなどできない、っつーか「みんなと仲良く」的な事なかれ主義の下で生きるのは真っ平御免であるし、はっきり嫌いと断言できる、可能ならば関わりたくないタイプも存在する。


とはいえ、僕は自分が「凄くない」ことを既に前提として認めてしまっているので、世のあらゆる人は何らかの点で僕よりも優れている、という認識を、すんなりと、抵抗なく、一続きのなだらかな思考に沿って受け入れることが出来る*5


自己認識上は果てしなく無能な上に何があろうと自分に満足できない性格なので、僕を個人的に評価してくれる他人というのは、本当にありがたい存在である。なんてことは面と向かって言えないので、ここでありがとうする。ありがとう。



さてさて、



僕がこの"他己"評価を、個人的な価値観では認められないにしろ、嫌々ながら、それでいて照れくさい、べ、別に嬉しくなんかないんだからね的なツンデレ精神を以て需要できるようになったということは、

「俺は凄かったのかも知れない」という可能性
あるいは「別の視点において、僕は凄くなり得るのかもしれない」という"他者の視点の許容"そのものであり、


この些細な、それでいて(僕にとって)絶大なインパクトを持つ概念は、1年半前の僕には決して備わっていなかったものだ。


今僕は4ヶ月目の社会人生活を楽しんでいる所であり、当たり前のことができなくて少々苦労しているが、普通の人には出来ないことを当たり前に実行できる"自我"と"環境"を、僕は既に構築していたらしい


ところで今回のテーマは何だっけ?


「最近"俺ってスゲー"と思ったことは?」


....うん。答えになってねー。

*1:メールで面接のコツを質問してきた修士一年の弟、ちゃんと読んでるか?ありがたい兄の言葉を聞くがよい

*2:あー、自分には合わなかったんだな、とわりと"ゆとり"を持って認めることが出来た。

*3:ビジネスメールでも僕の文章は悪くない感じらしい(先輩からたまに言われて喜んでいる)

*4:読めないのか読まないのか微妙なライン

*5:凄くない僕があなたたちと一緒にいて良いのかどうか自身がなくなるときもある。

自由と直感の独壇場「ノーガード乱れ撃ち戦略」の敗北について


まぁ僕のような人種が只の一度も躓くことなくしっかりちゃっかり社会人としてやってけるわけねぇだろと思っていたのだけど予想に違わず今まさに、なかなか厄介な壁の前にいる。やっほーみてるー?


おそらくこの壁は僕にとって学生と社会人の違いであり、認識ギャップであり重みという断絶でもあり、同時に、僕に長年つきまとう弱みの発露である。


この年になってまで戦う相手が未だ自分自身とは、実に笑止千万である。

こんてんつ

  • 意志として身軽であること
  • 「好きなことだけやる」生き方の弊害
  • 責任負わずリカバリー要らず
  • リスク回避について意識を変える必要がある
  • 仕事verの性格を「追加する」
  • 空を見上げるか空を飛ぶ

意志として身軽であること


どうやら僕は、なんというか、ノーガードで生きてきたらしい。


ガードする必要はなかった。

裸一貫で突入してもなんとかなるし、なんとかならなきゃ撤退するまで。撤退は僕にとって、僕自身の選択である限りは決して「負け」ではなかった。


根回し、保身、計算、予定調和とテンプレート思考、そういったものをひっくるめてめんどくせぇと見なして低く扱ってきた。


ガードを行わず周囲にも会わせないことによりフットワークは軽くなり*1、その結果として、"直感"という名の短期的自由意志に従った選択肢を取りやすくなった。


幼少期にカルト宗教による思考の不自由を経験 し、ようやく開放された僕にとって、他ならぬ自分自身の「自由意志」は、他のあらゆるものごとを足し合わせても敵わぬ程の価値を有していた。

付き合いが深くなるとよく言われた「こんな自己中な人とは思わなかった」という言葉は、僕にとってはどっからどう聞いても褒め言葉であり、自己の肯定を促した。

不自由から自由礼賛へと大きく振れた僕の振り子は、もしかすると表面的にはそのつもりがなくても、押しつけられたものごとに必死になる隣の人間をせせら笑いながら、俺はお前らとは違う自分自身の行動を自ら選択しているという傲岸不遜な精神を醸成したのかも知れない。


「好きなことだけやる」生き方の弊害


ガードしなくてもいい理由は、自由意志礼賛思考の他に、もうひとつあった。


「乱れ撃ち」戦略の成功、である。


僕はガードをしない代わりに、手数を増やして「うまくいくところ」からヒット&アウェイで稼ぐようなイメージで日々を重ねてきた。

一点を「突破する」よりも、一歩引いてふらふら眺めて、あーここなら僕でも突破できそうだなーというところを発見してちょっかいを出してみる。攻め落とせるならもっと突っ込むし、予想以上に防御が厚かったりするとさっさと手を引く、という戦略である。


この「乱れ撃ち」戦略は、時には"ひっかかるもの"もあったが、個人的にそれなりに満足する結果が得られたため、根本的には自分の"気分"や"直感"に従って生きてもまったく問題はない、と信じ込んだ。実際に、大した問題はなかった。


確信を深めた学生時代の僕は「興味拡散系」を自称し、実際、僕にとっての真実であるその思想に従って行動してきた。幅広くいろんなものに手を出して、そのうち一つが成功すれば儲けものと考えた。趣味でも勉強でも人間関係でもまんべんなく乱れ撃ちを重ねて、感触の良いものだけを選別し、選択した。


うまくいく所だけ拾い集める。let it be、好きなことをやり、やれることをやる。気の合う人とだけ付き合う*2

一方、うまくいかないものはうまくいかないままにしてしまう。その結果、状況は

  • (1)放置して塩漬け状態になるか、それとも
  • (2)自ら状況を切り捨てるか、

の2通りに帰着する。


責任負わずリカバリ要らず


そしてノーガード乱れ撃ち戦略は、基本的「修復」を必要としない。ガードがゼロであるため、大抵の傷は致命傷となることが原因である。救いようが無くなった状況は、外科手術によって目の前から切り捨てる。葬り去る。

この志向性は少しずつ、しかし確実に、傷ついた「信頼・期待・イメージ・計画 etc」のリカバリーにすこぶる弱い性質を作り上げた。

そんなわけで僕は一度軌道を外れたものを修正するのが苦手だ*3。仕事にしろ環境にしろ人間関係にしろ、とにかく軌道を外れたらそれを「失敗事例」としてリセットしたり切り離したりしてきたので、リカバリーが超へたくそなのだ。


先に「ひっかかるものもあったがそれなりに満足する結果を得た」と書いた。ところが、いま問題を噴出しているのは、まさにこの「ひっかかって」いたポイントであるらしい。ひっかかっていた"もの"は僕の中では単一のイメージとして存在しているのだけど、いくつかの単語でそのイメージをあぶり出すことを試みると、

「責任・完遂・継続・誠実・集中」

こんな風になる。

顔を背けてきた弱みがまたしても自分の前に立ちふさがった。人生におけるその遭遇頻度から考えるといいかげん対応を学習しても良さそうなものだが、過度に「自己の選択/決断」を重視する僕は、「撤退/失敗の苦い経験から学んで次からはガードを固める」という学習プロセスを経てこなかった。


ところが。会社に所属し給与で生計を立てる"サラリーマン"という道を選択した以上、僕はもはやノーガードで進むわけにはいかない、という単純極まりない事実に気が付いた。
そして最近僕が目の前に見上げるこの「壁」も、原因を辿るとその一つは「ガードの甘さ」に帰結するのではないか、と考えている。


要は、僕はまともに責任というものを背負ったことがなかった。


リスク回避について意識を変える必要がある


社会人として任される仕事は(個人レベルで躓くのはしょうがないが)組織として失敗してはならない基本的に。
失敗しないためには、行き当たりばったりではなく、予測を立てて、起こりうる危険を想定して、早め早めに対処する*4。つまり、ガードを固める必要がある。


僕のやり方では、爆発する姿が容易に目に浮かぶ。

ガードを固めずに突き進み、失敗したらハイそれまでよとするフリーダム無責任思考は、もはや通用しない。

そして、ホイホイ受けてうまくいったものだけ成果として計上するという「乱れ撃ち戦略」は、会社において極めて大きなリスクとなり得る。


僕はどうやらリスク回避について意識を変える必要がある。



会社としての危険を回避し、降りかかるリスクを軽減させるために、僕はもっと臆病である必要がある。 そのためには僕個人の「ノーガード」気質とは別に*5、会社で働く人間として(誤読される危険を承知で言葉を選択すると)「保身」と「言い訳」の概念を身につける必要があるのではないか、と考えている。


「言い訳を身につける」と言うと悪いイメージを持ちかねないが、会社がリスクを回避するために用意しておく「既成事実/正論」のようなものだ。これを「会社が言い訳するための下準備」。
ちゃんと仕事をやろうとしていても、根回しが悪くて悪者にされてしまっては、どうしようもない。この価値基準は倫理的な善悪とは別軸で成立しうるものだと僕は信じる*6。会社視点で考えないといけない。


そして、僕は、楽観的な予想をしてふらふら好き勝手にやってきたから、状況をシビアに見積もる習慣がない。事実を我が事として切実さを以て捉え、具体的なアクションに落とし込むまでにひどく時間がかかる。時間がかかってもアクションに落とし込めばまだいい方で、たいていの場合、備え忘れて失敗する。

ここでつらつらと失敗の数々を列挙しようかと思ったけどまだ対策が自分の身に染みついていないので、やめた。、


今僕は、怖れることと備えることは別種の哲学に基づくと考え、実践しようとしている。難しいけど。


仕事verの性格を「追加する」


ビジネス世界の入り口では敗北してしまった「ノーガード乱れ撃ち戦略」だが、僕はこれを完全に捨て去るつもりはない。かといって、学生時代の自分流で貫き通せないことは目に見えている。

経験が使えないなら学習するしかない。以前自分でもブログに書いた様に、ノーガードで進めないならば、局地戦用兵装を身につけるしかない。

抽象化された「レッテル」という自己認識は、時に、"自己の性格を必要以上に絶対視する"という過ちを誘発する。自己の性格を絶対視し、「自分はこういう性格だ」と思ってしまうと、「悪い気質を根絶しよう」「性格を一新しよう」という考えへと陥りやすい。現状の性格の悪い面だけ見て全否定し、新しい自分とやらに生まれ変わろうとしてみたりする。ところがそいつは無意味なことだ。実際の気質はデジタルに変わるものではないから、試みは失敗に終わることが多い。

性格は変える/直すのではなく「追加する」 - ミームの死骸を待ちながら


単純な話だ。単純な話なのだけど、乗り越えられそうで、ちょっと難しそうな、絶妙な感覚。


おまけ的な。


コミュニケーションの型を身につけるように努力してみようと、実践を心がけると共に色々と本も読んでみているのだが、他の人にも一番薦められるなぁと思ったのがこれ。


一人前社員の新ルール (アスカビジネス)
一人前社員の新ルール (アスカビジネス)
まこといちオフィス 2009-05
売り上げランキング : 213803

おすすめ平均 star
star他の新人に教科書として渡したい
starとにかく読みやすい!

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


前回のエントリで紹介した世界一わかりやすいプロジェクト・マネジメント 【第2版】よりも、僕は先にこちらを読むべき。


空を見上げるか空を飛ぶ


閑話休題

仕事楽しいよ。できないけど、楽しい。楽しさが顔に出ないタチだけど。まだまだがんばれる。

最初に「僕のような人種が躓くことなく社会人としてやってけるわけねぇだろと自分でも思っていた」と書いたが、同時に「飽き性の僕が仕事に打ち込めるかどうかわからん」という、より悲観的な予測も立てていた。
後者については、まだ2,3ヶ月の段階で判断するのも早いかも知れないが、完全に外れたと思う。


研究に向いてないと判断して社会に出て、そこでも箸にも棒にもかからないとなると、空を見上げるか空を飛ぶか(身投げ的な意味で)しかねぇと思っていた過去の自分よ、祝え。

幸いにして、ぼくは地に足を付けてやって行けそうだ。

*1:家庭を持つと守りに入ると言うが...

*2:できることしかやらないから、"器用"だとか"計算高い"という印象を与えたりもするが、実際はまったくもってそんなことはない

*3:弱点以外の何者でもない

*4:上司はこれを「仮説を立てる」と表現した。そして「お前が弱いのはそこだ」とも指摘を受けた

*5:別人格を作るようなイメージ

*6:信じないと、ノーガードに戻ってしまう。